米S&Pによる米国債の格付け引き下げをきっかけに、先週は世界の株式相場の多くが下落した。その結果、株価を予想1株当たり利益で割ったPERが急低下し、東京市場の平均は2008年のリーマン・ショック直後以来の14倍割れとなり、欧州主要国や韓国では10倍を下回った。
(日経ヴェリタス2011年8月14日57面)
【CFOならこう読む】
「となると、PERの逆数である「益回り」の高さが目立ってくる。益回りは1株当たり利益を株価で割った値。
(中略)
8月11日にはそれ(3月15日)に次ぐ7.36%まで上昇した。これは配当と内部留保を含め、投資家が企業に対し、時価の7.26%程度の利益の確保を求めていることを示している。
(中略)
投資家の期待する超過リターンが高まれば、企業は従来以上の経営努力が必要になる。金利が下がって負債コストが低下しても、株価が下がって資本コストが上昇してしまえば、WACCは上昇してしまう。企業はWACCを上回る企業価値を生み出す必要があるから、事業のハードルが一段と高まったともいえる」(前掲紙)
上記記事は、短期的にリスクプレミアムは上下することを前提に書かれていると思われますが、そもそもリスクプレミアムとは期待リスクプレミアムを意味し、将来の予測のためには過去のデータに基づき推計するか、将来の予測に基づき行うかのいずれかによることになります。
過去のデータに基づき推計する場合、長い期間をとった方が良いとされています。
「平均収益率を計測するのに、なぜそれほど長期にさかのぼるかと疑問に思われるかもしれない。その理由は、株式の各年の収益率は非常に大きく変動するため、短い期間の平均をとっても意味がないからである」(ブリーリー、マイヤーズ『コーポレートファイナンス』)
「マーケット・リスクプレミアムは、年によってランダムに変化するので、株式市場の暴落、経済の拡大、不況、競争、スタグフレーションなどを多く含む長期間のデータを見るほうが、直近の短い期間のデータを見るよりも、将来の予測のためによいはずである」
(トム・コープランド他『バリュエーション』)
言うまでもなく、WACCは投資の意思決定の際のハードルレートとして用いられます。資産価値が低下し、投資すべき案件が増えているにも関わらず、誤った推定に基づきハードルレートを引き上げることで、行われるべき投資が行われないなどと言うことがないようにしたいものです。
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なし
債券市場で20年物や30年物などの超長期国債の利回りが高止まりしている。
(日本経済新聞2010年10月19日17面)
【CFOならこう読む】
「30年物の金利は8月に1.5%台をつけて以降、最近は1.8%~1.9%台で推移。
20年物は1.6%~1.7%台にある」(前掲紙)
10年債利回りは0.870%。超長期債との金利差は拡大傾向にあります。CFOとしては資本コストの計算上、無リスク金利にどちらを用いるか悩むところです。
超長期金利の上昇が、「将来のインフレ懸念」(前掲紙)によるものであるなら、プロジェクションにインフレを織り込む場合、超長期金利を用いるし、織り込まない
場合、長期金利を用いることになると思います。
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なし
鳩山由紀夫首相が22日午前の衆院予算委員会で、中身は同じなのに巧みに変化があったようにごまかすことを意味する故事成語「朝三暮四」を、命令がころころと変わることを表す「朝令暮改」と勘違いし、質問した自民党の茂木敏充幹事長代理から言葉の由来と正しい意味について「講義」を受ける一幕があった。
(jiji.com 2010年1月22日)
【CFOならこう読む】
「朝三暮四は、宋の狙公が飼っていたサルに木の実を「朝三つ、暮れに四つ与える」と告げたところ、サルが不満を示し、狙公が「朝四つ、暮れ三つ」と言い換えるとサルが喜んで受け入れたという故事に由来する」(前掲紙)
この故事には、騙されるサルもアホだというようなニュアンスがこめられています。
ですが、現在価値で考えると、「朝三つ、暮れ四つ」と「朝四つ、暮れ三つ」では異なる、アホだと思ったサルが、実は正しい判断をしている、と私の師匠である井手正介先生が話しておられたのを思い出しました。
割引現在価値の計算の本質は、現在のキャッシュは、将来のキャッシュより価値が高いというところにあります。ですから、「朝三つ、暮れ四つ」より「朝四つ、暮れ三つ」の方が得だというサルの判断は正しいという訳です。
いずれにしても、茂木氏の昨日の質問、
「一次補正の凍結額の4分の1を10年度当初予算案で復活させている」
を朝三暮四で表現するのは、故事の使い方として間違っているように感じます。この場合、朝令暮改で正解でしょう。
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なし
エルピーダ、中国の工場稼動先送り DRAM合弁で1年
エルピーダメモリは6日、中国で計画していた代表的な半導体メモリー、DRAMの合弁工場の稼働を1年程度先送りすると発表した。総額50億ドル(約 4900億円)を投じ、2010年1―3月期に稼働させる計画を8月に発表したばかり。わずか3カ月で計画の修正を迫られた。米国発の金融危機のあおりでDRAM市況の回復が想定より大きく遅れると判断し、供給過剰の回避を優先することにした。
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20081107AT1D0609I06112008.html
【CFOならこう読む】
坂本社長は、先送りの理由を、DRAM市況の一寸先が全く見えないため、と説明しました。同社は2009年前半には市況回復が期待できるとの従来の見方を転換、投資を厳しく選別する方針を鮮明にするとのことです。
前掲紙の同じ紙面に”相次ぐ投資凍結・撤回”という記事が掲載されています。電機や自動車部品、素材など幅広い分野で設備投資を撤回・凍結したり先送りしたりする動きが相次いでいるとして、いくつかの事例が紹介されています。
エフ・イー・テクノロジーズ(ソニー系表示装置開発会社)
パイオニアの鹿児島工場の買収を凍結
小糸製作所
タイの新工場建設を見送り
ティー・エステック(ホンダ系のシートメーカー)
インドの増産投資を最大で半年間見送り
三井化学
中国・江蘇省の合成繊維原料の工場建設計画を撤回
三菱化学
北九州市の工場で合成樹脂の新設備稼働を先送り
帝人
合成樹脂の新ライン建設計画を凍結
市況下落又は需要低迷により、投資を回収するだけの十分な将来キャッシュフローを見込めないことから、投資を先送りする又は撤回するというケースが多く見られます。
実行するか、先送りするか、撤回するか、の判断が難しいところですが、リアルオプション的に言うと、延期オプションの価値をどう評価するか、ということによると思います。
CFOの力量が問われる局面です。
【リンク】
2008年11月6日「中国合弁工場の稼動延期について」エルピーダメモリ株式会社
http://www.elpida.com/ja/news/2008/11-06.html
MSCB転換価格引き下げも 富士フイルム、株価低迷で希薄化の懸念
富士フイルムホールディングスの株式の希薄化懸念が台頭している。株価は8月5日に3130円の年初来安値を付けた後も低迷が続き、過去に発行したMSCB(株価により条件が変わる転換社債)の下限転換価格(3770円)を下回っている。この状況が続けば、約1ヵ月後には転換価格が大幅に引き下げられ、潜在株が増える公算が大きい。富士フイルムがMSCBを発行したのは2006年4月。液晶偏光版保護フイルムの能力増強や、需要が落ち込んだ写真フイルム事業のリストラに対応するために、ユーロ円建てで合計2000億円を調達した。同社としては1983年以来23年ぶりのエクイティファイナンスだった。
大型のエクイティファイナンスを円滑に実施するために、富士フイルムは次のような仕組みを採用した。MSCBは5年債、7年債をそれぞれA号・B号の2本ずつ発行し、野村証券が全額引き受けた。野村はSPCを通じてMSCBを裏付けとした富士フイルム株と交換できる交換社債を組成し、個人投資家を中心に販売した。
(日経ヴェリタス 2008年8月24日 15面)
【CFOならこう読む】
MSCBの転換価額は次の通り定められています。
イ.各本新株予約権の行使に際して払込をなすべき額は、本社債の発行価額と同額とする。
ロ.転換価額は当社、当社の代表取締役社長が、当社取締役会の授権に基づき、投資家の需要状況及びその他の市場動向を勘案して決定する。但し、当初転換価額は、本新株予約権付社債に関して当社と幹事引受会社との間で締結される引受契約書の締結日の終値に下記の数を乗じた額を下回ってはならない。
2011年満期A号新株予約権付社債及び2011年満期B号新株予約権付社債 1.4
2013年満期A号新株予約権付社債及び2013年満期B号新株予約権付社債 1.3
ハ.転換価額の修正
転換価額は、(2011年満期A号新株予約権付社債及び2011年満期B号新株予約権付社債の場合)2009年3月31日及び2010年3月31日又は(2013年満期A号新株予約権付社債及び2013年満期B号新株予約権付社債の場合)2008年9月30日、2009年9月30日、2010年9月30日、2011年9月30日、2012年9月30日(以下それぞれを「修正日」という。)の翌日以降、各修正日まで(当日を含む)の10連続取引日(但し、株式会社東京証券取引所(以下「東京証券取引所」という。)における当社普通株式の普通取引の終値(以下「終値」という。)のない日は除き、修正日が取引日でない場合には、修正日の直前の取引日までの10連続取引日とする。)の終値の平均値の90%に相当する金額に修正される。但し、かかる算出の結果、修正日価額が2006年3月7日の終値(以下「下限転換価額」という。)を下回る場合には、修正後の転換価額は下限転換価額とする。
(2006年3月7日プレスリリースより抜粋)
以上の条項に基づき、当初転換価額は、5年債は5278円、7年債は4901円に設定(その後、ストックオプションの発行によって5年債は5275.7円、7年債は4898.8円に変更)されました。
昨日の終値3390円は下限転換価額3770円を大きく下回っています。この株価水準が続き、5年債及び7年債の両方とも転換価額が下限転換価額に下方修正された場合、発行済株式数は約1割増加することになります。
富士フイルムは、2006年4月の時点で、なぜこのような希薄化のリスクがある資金調達手段を選択したのでしょうか?
富士フイルムの自己資本比率は、2006年3月時点で64.9%あり、エクイティファイナンスを必要とする状況ではありませんでした。資本コストの点から考えると、むしろデットでのファイナンスを選択するのが自然であったと思われます。にも関らずMSCBの発行に踏み切ったのはなぜでしょう?
プレスリリースを見ると、発行理由の最後に次の記述があります。
「資金調達コストは、短期借入れや普通社債より低い金利コストとなり、新たな成長事業への投資を財務面からもサポートすることを目指しております」
これを見る限り、富士フイルムは、表面金利の安さのみを見て、低コストの資金調達手段としてMSCBの発行を選択したようです。
言うまでもなく、真のコストはオプション価値を勘案して算定されるべきで、表面金利が低いからと言って資金調達コストが安いことにはなりません。この辺のところを富士フイルムの経営陣が理解していたかどうかわかりませんが、いずれにしても当時の意思決定は誤りであったと私は思います。
【リンク】
平成18年3月7日「ユーロ円建転換社債型新株予約権付社債の発行に関するお知らせ」富士フイルム株式会社 [PDF]
問われる横並び 成長に応じた配当がカギ
「日本企業は金太郎あめだなあ」。6月下旬、企業の配当政策をテーマにしたセミナーで、日米主要500社の配当性向の分布を見たある機関投資家は、思わずこう漏らした。
配当性向は純利益からどれくらい配当に回したかを示す指標。日本の上場企業の配当性向は2007年度で約30%と、欧米主要企業の4割前後に比べ見劣りする。だが、集計値から個別企業へ視点を移すと、意外な実態が浮かび上がる。みずほ証券が日本のTOPIX500と米国のS&P500の各採用企業について、2007年の配当性向を調べたところ、日本企業は約2割が15−20%に集中し、6割以上が10−30%の範囲に収まった。
これに対して、米国は分布がばらついているのが特徴だ。最も多いのが無配で19%を占める。インターネット検索最大手で急成長を遂げてきたグーグルは上場以来、無配が続く。逆に配当性向100%超、つまり利益を上回る配当をする企業が4%ある。
(日本経済新聞 2008年7月12日 15面 株主配分を考える 下)
【CFOならこう読む】

図からも米国は分布がばらついていることがよくわかります。米国の場合上場企業全体でみると、8割が無配であるということです。
資本コストを上回る投資機会があるなら、配当などせず資金を投資に向けるべきであるという考え方が広く浸透しているのです。一方、資本コストを上回る投資機会がないのであれば、余剰資金は配当や自己株取得で株主に還元し、株主はそのお金を資金需要のある別の会社に投資することによりキャピタルゲインを狙うのです。こうやっても希少な資源である”カネ”が社会全体で見ると効率的に分配・運用されることになるのです。
株主重視の経営とはこういうことです。
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