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2008 年 8 月 のアーカイブ

ロックアップ条項

ベンチャーキャピタル(VC)など新規上場企業の大株主に対して、株式売却を一定期間制限する条項のこと。あらかじめ大口の売りを抑えて上場直後の株価を安定させる目的で設定する。
(日本経済新聞2008年8月29日 16面 なるほど株式 このコトバ)

【CFOならこう読む】

条項がある場合は上場目論見書の「募集または売出しに関する特別記載事項」に記載されます。

例えば、イナリサーチの場合、次のようなロックアップ条項が設定されています。

「ロックアップについて 本募集及び本売出しに関し、売出人である中川賢司及び中川博司並びに当社株主である八十二3号投資事業有限責任組合、杏林製薬株式会社、田辺三菱製薬株式会社及び若林弘一は、日興シティグループ証券株式会社(主幹事会社)に対して、本募集及び本売出しに係る元引受契約締結日から180日間(以下「ロックアップ期間」という。)は、主幹事会社の事前の書面による承諾を受けることなく、元引受契約締結日に自己の計算で保有する当社株式(潜在株式を含む。)を売却しない旨を約束しております。
 また、当社は、主幹事会社との間で、ロックアップ期間中は、主幹事会社の事前の書面による承諾を受けることなく、当社普通株式及び当社普通株式を取得する権利あるいは義務を有する有価証券の発行又は売却(株式分割及びストックオプション等に関わる発行を除く。)を行わないことに合意しております。
 なお、上記のいずれの場合においても、主幹事会社は、その裁量で当該合意内容の一部若しくは全部につき解除し、又はその制限期間を短縮する権限を有しております。」

今年上場した企業のうち、株価の下落が目立つものには、大株主による「ロックアップ条項」が緩い企業が多い(日経ヴェリタス2008年8月17日)と言えます。

7日に上場したベンチャーリパブリックは、柴田啓社長の出身母体である三菱商事が主要株主ですが、「ロックアップ条項」は設定されていません。ベンチャーリパブリックの公募価格3000円に対し8月28日の終値は2040円と大きく値を下げています。

また同じく7日に上場したトライステージには「ロックアップ条項」が設定されているものの、「創業メンバーの取締役3人が16万2000株を売り出した。「創業者利益の確定が早過ぎる」と悪材料視された。」(日経ヴェリタス2008年8月17日)ことにより、公募価格4000円に対し8月28日の終値は2290円と大きく公募価格を下回っています。

結局、オーナー経営者が自らの利得のみのためにIPOしたのではない、という姿勢が大事なのだと思います。

【リンク】

平成20年7月「株式発行並びに株式売出届出目論見書」株式会社ベンチャーパブリック [PDF]

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PIPEs-田崎真珠のケース

経営改善「PIPEs」広がる 上場維持しファンド活用 改革効率はMBOに軍配

上場企業が経営改善として投資ファンドから「PIPEs(パイプス、株式公開企業への私募投資)」と呼ぶ手法で出資を受ける事例が増えている。株式の非公開化前提のMBO(経営陣が参加する企業買収)と違い、上場を維持しながら支援を得られるのが特徴。経営改革にファンドの資金は活用したいが、上場廃止はしたくないという企業の間で広がっている。「経営再建にはファンドの力が必要」。7月末、3期連続の最終赤字で財務体質が悪化した田崎真珠は、投資ファンドのMBKパートナーズの出資受け入れを決断した。MBOも検討したが、最終的には「社員や取引先への影響が大きい」(明石靖彦常務)上場廃止を避けるためにPIPEs方式を選んだ。
(日本経済新聞2008年8月28日 14面)

【CFOならこう読む】

「PIPEsはPrivate Investment In Public Equitiesの略。ファンドは投資先と相対で私募増資や第三者割当増資などの条件を交渉、市場価格より安く株式の一部を譲り受ける。経営にも関与して企業価値を高め、保有株の売却益を狙う。企業側には公募増資などに比べて迅速に資金調達できる利点がある。上場企業のステータスを保ちつつ、一定の改革を期待できる手段として経営者も受け入れやすい。」
(前掲 日経新聞記事)

田崎真珠のスキームの概要は次の通りです。

第三者割当による種類株式の発行(A種優先株式)
発行期日 平成20年10月下旬(予定)
調達資金の額 6,900,000,000 円(発行価額: 200 円)(差引手取概算額)
当該増資による発行株式数  35,000,000 株
募集後における発行済株式総数  35,000,000 株
割当先  Watermunt Spare Parts B.V.(MBK パートナーズの投資目的子会社)

A種優先株式には議決権が付与されており、発行後におけるWSPの議決権比率は49.55%となります。

発行価額の200円は、本件取締役会決議日7月31日の終値142円に比し高い設定となっていますが、A種優先株式には、優先株式1株につき4株の普通株式の交付を請求することができる取得請求権が付与されており、これを勘案すると有利発行となるので、株主総会の特別決議を必要とします。

臨時株主総会は9月下旬又は10月上旬に開催され、①(i)発行可能株式総数の変更やA種優先株式の内容に関する規定の新設等A 種優先株式発行のために必要となる事項に関する定款の一部変更並びに(ii)社外取締役との間の責任限定契約に関する規定の新設を内容とする定款の一部変更、②A 種優先株式の有利発行、並びに③本増資実行後の発行可能株式総数等に関する定款の一部変更について決議されます。

更に、本増資を条件として現取締役5名中代表取締役を含む4名及び現監査役4名中3名が辞任し、同じ臨時株主総会において、新たな役員の選任について併せて承認を求め、経営陣を一新することが予定されています。

PIPEsは、株主総会の特別決議を要すること、株価が大きく希薄化するため一般投資家への影響が大きいと考えられること、上場を維持しながら経営改善に取り組むため、ファンドにとってもMBOに比しExitまで時間がかかる場合が多いと考えられること等を勘案すると、この方式を選択すべきケースはあまりないと思われます。

【リンク】

平成20年7月31日「第三者割当による優先株式の発行、定款の一部変更、代表取締役及び役員の異動、主要株主である筆頭株主及び親会社の異動、大規模買付行為への対応方針の取り扱い、並びに臨時株主総会招集のための基準日設定に関するお知らせ」田崎真珠株式会社 [PDF]

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取引所ルール創設により、経営者の保身目的の防衛策導入・発動排除へ

東証、買収防衛策の開示徹底 年内にも新ルール

東京証券取引所は年内にも、上場企業の買収防衛策に対する新たな規制ルールを作る。国内外の投資家から意見を聞いたところ防衛策について否定的な見解が相次いだためで、情報開示の徹底などにより経営者の保身目的の防衛策導入・発動を排除する。
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080827AT2C2601726082008.html

【CFOならこう読む】

東証は記者会見に合わせて、「M&Aをとりまく現状に関する投資家意見の概要― 買収防衛策を中心に ―」というレポートを公表しています。

このレポートは、以下の文章で締めくくられています。

「当取引所は、投資者の保護及び市場機能の適切な発揮の観点から、上場会社の企業行動に対して適切な対応をとることを、上場制度の整備における基本方針の一つとしており、従来より、買収防衛策の導入に係る尊重事項を企業行動規範に定めているほか、詳細な開示事項を定めるなど、買収防衛策の導入時または導入後において、株主及び投資者の正当な権利を保護するために必要と考えられる事項を整備してきたところである。

当取引所では、現行の我が国の法制度の下において、買収防衛策自体を一律に否定するものではないが、議論の対象は企業一般ではなく上場会社の買収防衛策であることから、資本市場の視点を重視する必要がある。その意味でも、今回、買収防衛策の導入そのものを歓迎しない旨の投資家コメントが数多く寄せられたことについては、真摯に受けとめる必要があると考える。そこで、当取引所としては、買収防衛策が株式市場において投資者に与えうるネガティブな側面を上場会社に発信していくこととしたい。

また、このような投資家意見の背景には、投資者の権利への配慮が不十分な買収防衛策の導入や、実際の買収局面において、防衛策の発動や第三者割当て等の敵対的買収に対する対抗措置により、投資者が株式を売却する機会が奪われたり制約を受けたりするような企業行動が現実に見られることがあるように思われ、当取引所としても、投資者の保護及び市場機能の適切な発揮の観点から、あらためて市場開設者として何ができるかについて、早急かつ重点的に具体的方策を打ち出していくこととしたい。」

個人的には、社外取締役の要件、濫用的買収者の定義、第三者割当増資の上限設定等を市場ルールとして厳格に規定することが必要であると考えています。

【リンク】

平成20年8月26日「定例記者会見資料」株式会社 東京証券取引所グループ [PDF]

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富士フイルムのMSCB

MSCB転換価格引き下げも 富士フイルム、株価低迷で希薄化の懸念

富士フイルムホールディングスの株式の希薄化懸念が台頭している。株価は8月5日に3130円の年初来安値を付けた後も低迷が続き、過去に発行したMSCB(株価により条件が変わる転換社債)の下限転換価格(3770円)を下回っている。この状況が続けば、約1ヵ月後には転換価格が大幅に引き下げられ、潜在株が増える公算が大きい。富士フイルムがMSCBを発行したのは2006年4月。液晶偏光版保護フイルムの能力増強や、需要が落ち込んだ写真フイルム事業のリストラに対応するために、ユーロ円建てで合計2000億円を調達した。同社としては1983年以来23年ぶりのエクイティファイナンスだった。
大型のエクイティファイナンスを円滑に実施するために、富士フイルムは次のような仕組みを採用した。MSCBは5年債、7年債をそれぞれA号・B号の2本ずつ発行し、野村証券が全額引き受けた。野村はSPCを通じてMSCBを裏付けとした富士フイルム株と交換できる交換社債を組成し、個人投資家を中心に販売した。
(日経ヴェリタス 2008年8月24日 15面)

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MSCBの転換価額は次の通り定められています。


イ.各本新株予約権の行使に際して払込をなすべき額は、本社債の発行価額と同額とする。

ロ.転換価額は当社、当社の代表取締役社長が、当社取締役会の授権に基づき、投資家の需要状況及びその他の市場動向を勘案して決定する。但し、当初転換価額は、本新株予約権付社債に関して当社と幹事引受会社との間で締結される引受契約書の締結日の終値に下記の数を乗じた額を下回ってはならない。

2011年満期A号新株予約権付社債及び2011年満期B号新株予約権付社債 1.4
2013年満期A号新株予約権付社債及び2013年満期B号新株予約権付社債 1.3

ハ.転換価額の修正
転換価額は、(2011年満期A号新株予約権付社債及び2011年満期B号新株予約権付社債の場合)2009年3月31日及び2010年3月31日又は(2013年満期A号新株予約権付社債及び2013年満期B号新株予約権付社債の場合)2008年9月30日、2009年9月30日、2010年9月30日、2011年9月30日、2012年9月30日(以下それぞれを「修正日」という。)の翌日以降、各修正日まで(当日を含む)の10連続取引日(但し、株式会社東京証券取引所(以下「東京証券取引所」という。)における当社普通株式の普通取引の終値(以下「終値」という。)のない日は除き、修正日が取引日でない場合には、修正日の直前の取引日までの10連続取引日とする。)の終値の平均値の90%に相当する金額に修正される。但し、かかる算出の結果、修正日価額が2006年3月7日の終値(以下「下限転換価額」という。)を下回る場合には、修正後の転換価額は下限転換価額とする。
(2006年3月7日プレスリリースより抜粋)

以上の条項に基づき、当初転換価額は、5年債は5278円、7年債は4901円に設定(その後、ストックオプションの発行によって5年債は5275.7円、7年債は4898.8円に変更)されました。

昨日の終値3390円は下限転換価額3770円を大きく下回っています。この株価水準が続き、5年債及び7年債の両方とも転換価額が下限転換価額に下方修正された場合、発行済株式数は約1割増加することになります。

富士フイルムは、2006年4月の時点で、なぜこのような希薄化のリスクがある資金調達手段を選択したのでしょうか?

富士フイルムの自己資本比率は、2006年3月時点で64.9%あり、エクイティファイナンスを必要とする状況ではありませんでした。資本コストの点から考えると、むしろデットでのファイナンスを選択するのが自然であったと思われます。にも関らずMSCBの発行に踏み切ったのはなぜでしょう? 

プレスリリースを見ると、発行理由の最後に次の記述があります。

「資金調達コストは、短期借入れや普通社債より低い金利コストとなり、新たな成長事業への投資を財務面からもサポートすることを目指しております」

これを見る限り、富士フイルムは、表面金利の安さのみを見て、低コストの資金調達手段としてMSCBの発行を選択したようです。

言うまでもなく、真のコストはオプション価値を勘案して算定されるべきで、表面金利が低いからと言って資金調達コストが安いことにはなりません。この辺のところを富士フイルムの経営陣が理解していたかどうかわかりませんが、いずれにしても当時の意思決定は誤りであったと私は思います。

【リンク】

平成18年3月7日「ユーロ円建転換社債型新株予約権付社債の発行に関するお知らせ」富士フイルム株式会社 [PDF]

カテゴリー: 資本コスト タグ: ,

トータル・リターン・スワップ(TRS)-TCI・CSXのケース

「デリバティブ活用し株式実質保有」 隠れ大株主米で問題化

Jパワー(電源開発)株の買い増しで話題となった英ヘッジファンド、ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)が米国で訴えられ、市場関係者の注目を集めている。経営参加を迫られた米鉄道大手CSX(フロリダ州)が「TCIがデリバティブを使って実質的な株式持ち高を隠した」と提訴。情報開示ルールの盲点が浮き彫りになり、世界的に規制論議が高まる可能性が出ている。
(日本経済新聞 2008年8月25日 19面)

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トータル・リターン・スワップ(TRS)が、5%開示ルールの対象になるかどうかが裁判で争われ、今年6月の一審判決で連邦地裁は、「TCIは取引先金融機関にCSX株を売り買いさせる経済的能力を持っていた」とし、5%開示ルールの適時開示を行わなかったTCIは違法であると判断しました。

トータル・リターン・スワップ(TRS)とは次のものです。

「ヘッジファンドなどが金融機関と相対取引するデリバティブの一種。対象資産が株式の場合、実際に保有していなくても金融機関から値上がり益や配当収入が得られ、一方で株価下落の場合には損失分を支払う義務を負うため、事実上株式を保有しているのと同じ経済効果を持つ。実際に現物株を保有しておらず、TRSには議決権もないことから、米国のルールでは大株主として開示対象になるか不透明だった」
(前掲 日経新聞記事)

判決そのものに異論はありません。しかし何となく釈然としない感じがしなくもありません。株式を保有するということと、株式と同じ経済的効果を享受することは同じことなのでしょうか?

90年代、堅調に株式市場が上昇した米国では、株式を売却してしまうと課税されてしまうことを嫌い、エクィティスワップや仕組債を利用して、株式時価相当の現金と引き換えに、株式を手元に残したまま、株式からの配当・値上がり値下がりの結果を全て取引相手に移転するという手法が盛んに用いられました。

取引相手の投資銀行はヘッジの相手先を探し、その相手先が株式の経済的効果を負担することになります。このとき株式の真の保有者は誰でしょう?

こういうことを突き詰めて考えていくと、またもや”会社は誰のものか”というところに行き着きます。株式の経済的効果を享受するということと、会社を支配するということは必ずしも同じことではないのです。だから、例えば経営能力のないファンドが、上場企業の50%超の株式を保有したところで、それ自体非難される言われはないと私は思うのです。

昭和の初め、我妻榮先生が「近代法における債権の優越的地位」について論じましたが、資本主義が深化している現代においてこそ、法律・会計・税法・ファイナンスの学際領域における問題として考えていく必要があるのかもしれません。

【リンク】

 なし

解散価値によるTOB−コマ・スタジアムのケース

東宝がコマ・スタジアム買収へ 友好的TOBで

東宝は22日、東京・歌舞伎町の「新宿コマ劇場」を運営するコマ・スタジアムを完全子会社化すると発表した。株式公開買い付け(TOB)を実施し、友好的に買収する。劇場は年内で閉館する予定で、東宝が主導して跡地を再開発する。
http://www.47news.jp/CN/200807/CN2008072201000610.html

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コマの7月22日終値1545円に比し、TOB価格は何とその4.8倍の7400円です。このTOB価格は何のバリューに基づくものなのでしょうか?

新聞記事によると東宝のTOBの目的を次のように説明しています。

「コマは演歌など興業の不振から主力の「新宿コマ劇場」閉鎖を決めたが、建物の解体から新しいビルの完成まで約4年間は事業停止となる。事業の継続が難しくなるため、東宝傘下で再建を図る。東宝はコマ劇場に隣接する自社の不動産と一体で再開発を進める。」(日本経済新聞 2008年7月23日 11面)

東宝は、この点公開買付開始公告の中で次のように書いています。

「当社は、対象者の所有する「新宿コマ劇場」建物の所在地(東京都新宿区歌舞伎町一丁目19 番1)を含む一帯の土地(以下「本件土地」といいます。)を所有しており、対象者は、本件土地5,385.33平方メートルの南側部分3,164.38 平方メートル(以下「本件土地南側部分」といいます。)を当社より賃借し、「新宿コマ劇場」建物の敷地として利用しております。また、当社は、本件土地の北側部分を、自社の所有する「新宿東宝会館」建物(地下4階・地上9階、テナントとして映画館・飲食店・レジャー施設等)の敷地として利用しております。ところが近年になり、演劇公演における観客ニーズの多様化から、特に対象者が得意とした演歌公演の観客動員の減少が続き、対象者は深刻な業績不振に陥りました。そのため、対象者は、平成15 年11 月には「経営再建計画」を策定し、平成17 年3月には「梅田コマ劇場」の資産売却により大阪地区の劇場経営から撤退いたしました。その後、対象者は、「新宿コマ劇場」を唯一の拠点として、話題性のある企画公演、他社との提携・貸館公演の実施等、時代のニーズに合った公演施策への転換を図ってまいりましたが、観客動員の回復には結びつかず、平成20 年3月期決算では2期連続の大幅な営業赤字を計上するに至り、再び抜本的な経営の見直しを迫られました。

また、「新宿コマ劇場」(昭和31 年築)及び「新宿東宝会館」(昭和44 年築)はともに、築後相当の年数が経過し、施設・設備の老朽化が激しくなっております。さらに、歌舞伎町一丁目地区は、演劇劇場2館、映画館計14 スクリーンが集積する一大映画・演劇興行街でありますが、昨今の周辺環境の変化や近隣競合地区へのシネマコンプレックス(複合映画館)の新規出店の影響を受け、映画・演劇興行立地の地盤沈下が急速に進んでいる状況にあります。

このような事態を踏まえ、対象者は、「新宿コマ劇場」建物の敷地を所有する当社に対して全面的な経営支援を要請し、「新宿コマ劇場」を閉館して当社と協同して本件土地の再開発事業に取り組むことが、最善の選択との判断に至りました。また、当社にとっても、本件土地は、都内の主要繁華街では希少な大型物件でありながら、きわめて収益性・効率性の低い資産と化しており、当社の経営方針に照らして、本件土地の早期の再開発による有効活用が必要と考え、そのためには、何よりも本件土地南側部分の借地権を有する対象者の協力が不可欠と判断いたしました。」

要するに土地再開発のためにコマが有する借地権を取得する必要があり、TOBの目的はそこにあるというわけです。

こういうことですから、コマ・スタジアムの評価をもはや継続価値によって行うことはできません。東宝は時価純資産法に基づきTOB価格の決定を行ったことを開始公告の中で次のように説明しています。

「当社は、本公開買付けにおける買付価格を決定する際の参考とするため、当社及び対象者から独立した第三者算定機関としての算定人であるアビームM&A コンサルティング株式会社(以下「アビームM&A コンサルティング」といいます。)に対し、対象者の株式価値の評価を依頼しました。アビームM&A コンサルティングは、当社からのかかる依頼に基づき、時価純資産法及び市場株価法により対象者の株式価値の評価を実施し、当社は、アビームM&A コンサルティングから平成20 年7月18 日付で株式価値算定書(以下「アビームM&A コンサルティング算定書」といいます。)を受領しています。それぞれの手法において算定された対象者の株式1株当たりの価値の範囲は、時価純資産法では7,057 円から7,401 円、市場株価法では1,555 円から1,728 円です。なお、アビームM&A コンサルティングは、対象者の株式価値の評価においては、対象者の本件土地南側部分の借地権には相当の含み益が存在しその重要性が高いことから、時価純資産法を採用するとともに、株式会社生駒データサービスシステム(以下「生駒データサービスシステム」といいます。)により実施されたかかる借地権の不動産鑑定に基づき、かかる借地権の適正な時価を対象者の株式価値に反映しております。また、対象者が唯一の事業所であり収益基盤であった「新宿コマ劇場」を閉館して、当社と協同して本件土地の再開発事業に取り組み、対象者の演劇事業が大幅に縮小されることが予定されていることから、対象者の事業資産から生み出される将来キャッシュフローに基づく株式価値の評価を行うことは難しいため、ディスカウンティッド・キャッシュフロー法は採用しておりません。当社は、本公開買付けにおける買付価格を決定するに際して、アビームM&A コンサルティング算定書の時価純資産法の評価結果を重視しつつ、対象者に対する事業・法務・会計・税務に係るデュー・ディリジェンスの結果、対象者による本公開買付けへの賛同の可否、対象者株式の市場価格の推移、及び本公開買付けの見通し等を総合的に勘案し、かつ、対象者と協議・交渉した結果等も踏まえ、平成20 年7月22 日の取締役会において本公開買付けにおける買付価格を7,400 円と決定いたしました。なお、本公開買付けにおける買付価格は、対象者株式の株式会社大阪証券取引所(以下「大阪証券取引所」といいます。)市場第二部における平成20 年7月18 日までの過去1ヶ月間の終値の単純平均値1,559 円(小数点以下を四捨五入)に対して約375%(小数点以下を四捨五入)のプレミアムを、平成20 年7月18 日までの過去3ヶ月間の終値の単純平均値1,680 円(小数点以下を四捨五入)に対して約341%(小数点以下を四捨五入)のプレミアムを、平成20年7月18 日の終値1,545 円に対して約379%(小数点以下を四捨五入)のプレミアムをそれぞれ加えた価格となります。」

なお、TOBに先立ち、5月28日付で東宝はコマ・スタジアムと「新宿コマ劇場」跡地の再開発に共同して取り組む旨合意したことを公表しています。時価純資産法による評価の前提として、このような合意が必要であると考えたのではないかと推察されます。

【リンク】

「投資家の皆様へ」東宝株式会社
http://www.toho.co.jp/toho_ir/welcome-j.html

開示情報 平成20年7月22日「株式会社コマ・スタジアム株式に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」

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株式譲渡益と配当への課税、オバマ陣営、税率20%に

16日~24日まで夏休みのため休載いたします。

税制改革案 マケイン側と対立

米大統領選の民主党候補に確定しているオバマ上院議員の陣営が、14日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルに寄稿する形で税制改革案を公表した。ブッシュ大統領が看板としてきた減税政策を巡り長期の株式譲渡益と配当への課税に関して、最高税率を20%にする方針を明らかにした。
20%の税率を適用するのは年収25万ドル以上の世帯。年収25万ドル未満の層に関しては詳しく言及していない。株式譲渡益と配当への課税では現在、15%の上限税率を設けており、オバマ陣営の主張が通れば一部増税になる。
日本経済新聞 2008年8月15日 7面) 

【CFOならこう読む】

オバマがウォーレン・バフェットに会いに行ったときに、”金持ちの税率が低すぎる”と言われた、というニュースを以前読んだことがありますが、これがそれに対するオバマ氏の回答なのでしょう。

日本では株式市場を活性化する税制改正が模索されていますが、重要なのは普通の人が安心して株式投資が出来るインフラ(税制も含む)を整備することにあります。

そういう意味では、普通の人が普通に投資して得られる金融所得に係る課税は非課税で良いと思います。日本版401kの非課税枠ももっと広げるべきです。

一方、金持ち優遇の批判が、日本の株式市場活性化そのものの障害になっている現状を鑑みると、これらの批判をかわすためにも、日本でも一定の年収以下の世帯のみ非課税(又は軽減税率適用)とするといった措置を講じても良いのではないかと思います。

【リンク】

首相、株投資促す税制改正を 金融相に検討指示

非課税限度額上げ要望 日本版401kで厚労省

株譲渡益や配当の税率、60歳以上は10%を維持 日証協が要望へ

財務次官、麻生氏の証券税制発言に「まず金融所得課税一体化」

証券優遇税制の拡充、金融相も「議論する」

カテゴリー: 税制 タグ:

主要輸出企業の今期為替見通し、想定レート据え置き大勢

主要輸出企業が為替相場の先行きを慎重に見ている。足元の為替相場は一時、約7ヶ月ぶりに1ドル=110円に下落するなど期初よりも円安傾向にあるが、多くの企業が2008年度の想定為替レートを期初に設定した水準から変えていない。円安傾向が続けば業績の上ぶれ余地が出るが、米国景気の後退など外部環境は厳しく楽観視する声は聞かれない。
(日本経済新聞 2008年8月14日 15面)

【CFOならこう読む】

主要企業の2009年3月期の想定為替レートと影響額は次の通りです。


円ドルの想定レート見直しは少数派で、大半は期初の想定レートを事実上維持しています。記事は、今後の収益悪化に備えて、想定レート見直しによる利益押し上げの「のりしろ」を確保したいと考える企業が多いためと分析しています。

想定為替レートの水準はどの程度に設定するのが適当なのでしょう。参考になるかどうかわかりませんが、以下、最近の新聞紙面等から市場関係者他の為替予想を列挙しておきます。

「個人投資家の間でユーロやポンドの手じまい売りが出始めた」(インヴァスト証券三ヶ田裕信氏 日経新聞2008年8月13日)

「日本の機関投資家が米国の短期債に再投資する可能性もあり、大きな円高要因にならないかもしれない」(ソシエテジェネラル銀行斉藤祐司氏 同)

「ファンダメンタルズからみれば、ドルを買う理由は乏しい」(JPモルガン佐々木融氏 同)

「米経済は最悪期を脱していない。今のドル高はこれまで売ったドルを買い戻す持ち高調整が主因。経済のファンダメンタルズは全く反映されていない。再びドル売りが強まる。年末にかけて1ドル=102円まで円高・ドル安が進む。」(JPモルガン佐々木融氏 日経ヴェリタス2008年8月10日)

「景気悪化で投資家のリスク資産への投資意欲が一段と低下して、国境を越えた資金の移動が著しく減少する。巨額の経常赤字を抱える米国への資金流入は細り、次第にドル安が進む。年末にかけて1ドル=100円まで円高・ドル安が進む。」(ステート・ストリート銀行富田公彦氏 同)

「来年にかけて日本経済が再評価される。日本はバブル崩壊の経験を生かし、株式も不動産も傷が浅かった。日本が政策金利を据え置く一方、海外では利下げする国が増える。年末にかけて1ドル=105円まで円高・ドル安が進む。」(みずほコーポレート銀行竹中浩一氏 同)

「年末にかけて米住宅価格の下落速度が鈍化し、景気が回復し始める。米経済を下支えする新興国の高成長がいきなりストップするとは考えにくい。年末にかけて1ドル=112円まで円安・ドル高が進む。」(住友信託銀行瀬良礼子氏 同)。

「日本の景気が後退局面に入ったうえ、ユーロ圏も失速。豪ドルなどの高金利通貨も金利先安観が出ており、相対的にドルが買われやすい。11月ごろに1ドル=113円まで上昇する。」(ドイツ証券深谷幸司氏 同)

見方にはかなりばらつきがありますが、少なくとも大幅な円安・ドル高を予想する声はないようです。

【リンク】

 なし

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会計基準の国際基準との共通化-連結先行で改正へ

会計基準の国際化 「連結先行」で改正へ

金融庁、日本経団連などは企業会計の国際化に迅速に対応するために、連結決算の会計基準を単独決算より先行して改正する方針を固めた。単独決算の改正は税制などとの調整が必要で、会計全体の改革が遅れる要因になっているため。世界各国で国際会計基準を採用する流れが加速しており、国際基準を受け入れる布石との見方もある。
(日本経済新聞 2008年8月13日 17面)

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今回の合意は、まずはコンバージェンスを連結先行で行い、将来的には、
①連結は日本基準と国際基準の選択適用、単体は日本基準
②連結は国際基準のみ、単体は日本基準
などの道を模索するというものです。

私はこのブログで連単同時の国際化を主張してきたので、今回の合意は残念に思いますが、決まってしまったものはどうにもなりません。

7月18日の記事(http://cfonews.exblog.jp/8322854/)に、田中恒行さんが次のコメントをくださいました。

「一方で、IFRSは原則論しか規定されない会計基準ですので、その運用、あるいは具体的な会計処理の理論的根拠として、結局は監査法人は、かつての米国会計基準や日本基準における関連する指針を参照するようになるのだろうと思います。

そうなったときのために、日本基準のコンバージェンスをとっとと進めてもらって(今の時点で大きな部分はだいぶ収斂しているように思いますが)、米国基準を参考に運用するのか日本基準を参考に運用するのかなどという変な話にならないようにしてもらいたいものです。」

確かに、将来的にアダプションで行く可能性を鑑みると、連結主体でコンバージェンスを速やかに進める意義はあるのかもしれませんね。

田中さんが紹介してくれた、経団連のアンケート調査結果によると、「原則的には連結と個別で同一の会計基準を用いるべきとしながらも、39社中23社が連結・個別で異なる会計基準の使用を認めるべき」と回答しています。

ただし、「多くの企業が個別財務諸表の開示を廃止し、連結財務諸表のみの開示へ一本化すべき(33社)」という結果はとても重要です。

”金商法上の開示は連結財務諸表のみとし、個別財務諸表の開示は廃止する”ことが会計基準の連単の乖離を容認する前提となる、と多くの会社が考えていると読み取れるからです。

【リンク】

2008年5月20日「今後のわが国会計基準のあり方に関する調査結果概要」(社)日本経済団体連合会

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キャッシュリッチは悪か?

企業の余剰資金がM&Aや新規事業にあふれ出し始めた。第一三共がインド製薬最大手を買収し、キリンホールディングスは3000億円の買収資金を用意。ソニーは650億円で米ソニー・BMGミュージックエンタテインメントを完全子会社化する…。目に付く動きの背景には増益が続き、企業の手元資金が60兆円規模にまで積み上がっていたことがある。投資家にとかく批判される「キャッシュリッチ企業」が面白くなってきたのだ。
(日経ヴェリタス 2008年8月10日 1面)

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以下の表は東証1部(時価総額1000億円以上)を対象に、「ネットキャッシュ比率」により上位10社を並べたものです。


日経ヴェリタスは、キャッシュリッチ上位50社について調べた結果、ROEについては東証1部平均6%に対し12.5%、株価についても2006年末から今年7月29日までの騰落率でキャッシュリッチ上位50社時価総額加重平均がTOPIXを70ポイント超上回っていることを指摘し、キャッシュリッチ企業に優等生が多いと結論付けています。

確かに儲かっているからこそキャッシュリッチになっているわけで、キャッシュリッチ企業が他と比べてROEでも株価でも勝っているのは当然と言えます。重要なのは、キャッシュリッチ企業がさらに企業価値を創造するには何をすべきかという視点です。

記事には、「不要なキャッシュはROEの引き下げ要因とされるが、より大事なのは事業の利益成長性ともいえそうだ」と書かれていますが、この指摘は本質を捉えていません。以下、その理由を説明します。

「一定成長配当割引モデルを用いると、株式の価値は次のように表されます。

P= D1/r-g = D0(1+g)/r-g
ただし、P=株式の理論価格
Dt=t期の配当の期待値
r=株主の期待収益率(株主資本コスト)
g=配当の期待成長率

ここで、前期の配当(D0)はすでに決まっているので、株価を決定するのは、その他の2変数(r, g)と考えることができます。このうち、株式の期待収益率rは企業の事業リスクや財務リスクに基づいて資本市場で決定されると考えられます。 次に、配当の期待成長率gは次の内部成長率(増資なしに達成できる1株当たり利益の成長率)の式によって決まると考えられます。

g=ROE・(1-d)
ただし、ROE=株主資本税引後当期利益率
d=配当性向

内部成長率を決定する変数のうち、配当性向は長期的には大きく変わらないとすれば、高い水準のROEを維持することが利益・配当の成長のために重要になります。一定成長モデルと内部成長率の考え方を前提とすれば、ROEが高ければ株価が高くなるという関係が成立します。

ここで、この成長率の算式は毎期獲得される利益がROEの利益率で事業に再投資されることを前提としていることに注意が必要です。キャッシュをキャッシュのまま保有していてもリターンが得られないので、その分成長が阻害されることになります。この点は非常に重要です。」

つまり不要なキャッシュを保有することが、成長を阻害するのです。

ただし、この判断は中長期的な視点で行われるべきです。今どれだけキャッシュを貯めこんでいても、中長期的にこの使い道が決まっていれば基本的に問題ないと言えます。

この点、日経ヴェリタス5面のさわかみ投信社長の沢上篤人氏の話がとても的を得ていると思うので紹介します。

「肝心なのは経営者が計画的にキャッシュを蓄え、意図的に使うという長期の観点だ。自己資金が豊富にあれば、たとえ現在のように金融不安や景気悪化で金を借りにくくなったとしてもへっちゃら。競争相手が動けないときに、設備投資なり企業買収なり、機動的に次の手を打てる。そんなキャッシュリッチが真に強い企業だ。
世界的に機関投資家による株式保有が進み、外資系ファンドを中心にキャッシュ保有が非効率という声が強いが、少し違うのではないか。確かに成長の意欲も見込みもない企業は株主に還元すればいい。でもファンドの狙いは短期的な利益。企業は本来、10年単位でキャッシュ戦略を考えるべきで、そうであれば金をためたっていい。

[中略]

日本では長らく間接金融の下、さほど苦もなく銀行からの借り入れが可能だったのでキャッシュマネジメントなど考えるまでもなかった。その時代を引きずり、突然、ファンドから圧力を受けて慌てる企業も少なくない。追い込まれて無関係な事業に金を使ってしまうことだってある。
一方で、バブル崩壊後、銀行に頼れなくなったことで自律的に資金計画を考えるよう変わりつつある企業も多い。ここ数年はキャッシュも蓄積してきた。問題はこれからだ。金をどう使うかによって、永続的に成長できる企業と、そうでない企業に、はっきりと分かれていくだろう。」
(日経ヴェリタス 2008年8月10日 1面)

注:当ブログは、筆者の個人的な見解を書き記しているもので、筆者が所属する法人の見解ではありません。また、記事は、CFOが自己の業務の参考となるケースを提供するために書かれており、情報の正確性・完全性について保証するものではありません。従って情報の正確性・完全性に起因して発生した損害について、筆者及び筆者が所属する団体はその責を負うものではないことにご注意ください。

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