改めて問われる日本航空(JAL)の増資

株主総会直後の2006年6月30日に発表した日本航空(JAL)の公募増資が改めて問題になっている。香港の投資ファンドが空売りで意図的に株価を押し下げ、安値で買った公募株を貸株の返済に回したことが、不正取引に当たるのだという。具体的にどの点が相場操縦に当たるのかは不明だが、無理な増資はこの種の取引を招きがちだ。少数株主保護の仕組みが欠かせない。
(日経ヴェリタス2009年8月30日65面)

CFOならこう読む】

「発表直後の7月3日に株価は14円安の273円と急落した後、数日は一進一退をたどっていた。それが再び下落に向かう「事件」が起きた。7月10日になって日興シティグループ証券が引受シンジケート団から離脱したのだ。「目論見書に書き込んである収益計画に、引受審査部門が異を唱えたため」と当時、日興は説明していた。

(中略)11日以降、株価はどんどん下がり、結局19日に決まった公募価格は211円と、公募増資発表日の287円を26.5%も下回った。ある個人投資家は7月19日に公募増資の差し止め処分申請を東京地裁に申し立てた。しかし東京地裁は26日に「既存株主が受ける不利益は会社法が予定している範囲内だ」という理由で却下してしまう。

株価は申込期間があけた7月25日にまた急落し、一時197円と200円を割った。払込日は27日。引受証券会社の取り分を除くJALの調達額は目標の4分の3の1386億円にとどまった。」(前掲紙)

この記事を書いた前田編集委員の問題意識は、「事前に特定の投資家に新株の割当数を伝えていた」ところにありますが、問題の本質は、ダイリューションが起こるエクィティ・ファイナンスが平然と行われ、それでも経営者は何の責任も問われないことにあります。

本来、エクィティ・ファイナンスは株主価値には中立であるはずです。しかし、エクィティ・ファイナンスにより調達した資金が資本コストを下回る投資に向けられる場合にはダイリューションが起こります。そのようなファイナンスは行われるべきではないし、結果的にダイリューションが起きた場合には、当然経営者はその責任を問われなければなりません。

ところがそうならないのが日本という国の特質です。そこをヘッジファンドに狙われたのです。

先週私は、「トレーダー、デリバティブ、そして金」(サティアジット・ダス著 エナジクス)を読みました。この本には、裁定機会は市場の歪みがあるところには常に存在し、デリバティブ・トレーダーの儲けの源泉はそこにあることが書かれています。特に日本は、「不思議の国のアリスの世界」(165頁)で、裁定機会がごろごろころがっているということです。

「GMの一時国有化を巡って5月末、米財務長官ティモシー・ガイトナーは「日々の会社運営には干渉しない。保有株も極力早く売却する」と表明。産業支援に踏み込みつつ、米国は出口も探っている。8月24日には7月に導入した新車買い替え補助を打ち切った。翻って日本では、次の支援企業の名がささやかれている。その代表は日本航空。7月初め、国土交通省の仲立ちで、日航は政投銀と民間銀行から計1000億円を一部政府保証付きで借り入れる契約を結んだ。だが、資金の大半は支払にあてられ、1000億円以上の資金が必要になる次の夏を乗り切れる保証はない。「日航はつぶせない」と国交省幹部。だが、対症療法に終われば、危機はむしろ深まる」
(日本経済新聞2009年8月30日4面)

このアービトラージで懐から金貨をひったくられるのは少数株主と納税者(つまり日本国民)です。

【リンク】

トレーダー、デリバティブ、そして金 – デリバティブ業界裏事情 – サティアジット・ダスのデリバティブ回顧録
トレーダー、デリバティブ、そして金 - デリバティブ業界裏事情 - サティアジット・ダスのデリバティブ回顧録 柏野 零

エナジクス 2009-06-20
売り上げランキング : 37405

おすすめ平均 star
starそうだったんだ