リスクヘッジってすべき?

「今後、契約の破棄は考えていないのか」−。
第一三共が4~6月期決算発表後に開催した電話会議ではアナリストから厳しい声が飛んだ。やり玉に挙がったのは昨年買収したインドの製薬最大手ランバクシー・ラボラトリーズが金融機関と結んだデリバティブ契約だ。
ランバクシーは将来のドル建て輸出に備え為替リスク軽減のための長期契約を結んだが、インドルピー相場の急変で1~3月期は230億円の為替差損が発生。4~6月期には一転、200億円弱の差益が出るなど、為替に業績が振り回される状況が続いている。

(日本経済新聞2009年9月3日15面)

【CFOならこう読む】

トレーダー、デリバティブ、そして金」(サティアジット・ダス著 エナジクス)は、リスクヘッジを行うことにより、企業が大きな損失を被ることがある、ということを次のように説明しています。

「企業はリスクを減らすことに執着しているが、そうではない時もある。1980年代までヘッジ方法には限界があり、企業は金融リスクを抱えて生きていた。会社の会長は、ドルの切り下げさえなければ良い利益が出せただろうと立ち上がって公言したものだ。通貨の切り下げは神の行為で、全くところ管理できるものではない。デリバティブとは、企業がヘッジをできるようになったということである。

財務部門が設けられて、リスクを減らす仕事が与えられた。問題はデリバティブでリスクを完全に取り除くことができないというところにある。

例えば航空会社を経営していると仮定しよう。

その場合、そのままでは石油についてショートポジションにある。つまり、航空機を飛ばし続けるための石油を購入する必要があるということだ。

もし石油価格が上昇すれば、コストが上がって会社は負けだ。もし石油価格が下がればコストが下がって会社の勝ちとなる。

航空会社の石油価格のリスクを管理するために、次の選択を持つ。

1「何も手を打たない」
石油価格が下がるのであれば最良の選択だ。石油価格の低下は航空会社のコストを下げる。石油価格が上昇した場合、悪い選択となる。

2「石油の先渡しを買う」

これで石油の購入コストは確定する。石油価格が上昇した場合、最善の選択だ。もし石油価格が下がった場合、航空会社は確定させてしまった高い石油価格のために、悪い選択となる。

3「コールオプションを買う」
石油価格の変動が大きい時、最善の選択となる。もし価格が上昇したならば、コールオプションを行使して事前の契約価格で石油を買う。一方、もし石油価格が下がったらオプションを行使しない。オプションの契約価格より安い市場価格で石油を買うだけだ。問題は、オプション料を払う必要があるということだ。このことは、石油価格の変動が、上下どちらの方向でも支払ったオプション料より大きいことが必要であるということを意味する。

4「プットオプションを売る」
これもヘッジの一種と言える。この場合は、石油価格が変動しないのが最良である。航空会社はオプションを売りオプション料収入を得る。これは石油購入コストの低減分と見なすことができる。だが石油価格が大きく変動するとプットオプションは役に立たない。石油価格の上昇はそのまま航空会社に跳ね返る。石油価格の下落では、ディーラーはオプションを行使するため、航空会社はマーケットより高い価格でオイルを買うことを強いられる。

石油価格がどうなるか分からないとヘッジもできない。価格は上がるのだろうか下がるのだろうか。変動幅はどのくらいだろうか。そもそもヘッジはリスクを減らすためではなかったか。なぜ価格がどうなるかを分かっていなければならないのか。価格がどうなるかを知る必要を省くためにヘッジをしているのではないか。

企業の財務担当者、会計士やその類いの人たちは、「分かっていることが分かっている」ことに関しては安心していられる。ヘッジとは「分かっていないことが分かっている」ことについてのものだ。あるいは「分かっていないことが分かっていない」ことについてか。これはリスキービジネスだ。本当の嘘である。

どのヘッジの選択肢も非現実的である。オプションは選択肢から除外できる。オプションを買うのにプレミアムを払うのは無駄であるし、オプションを売るのはギャンブルだ。何もしないか先渡しを買うかのどちらかだ。

何もしないことに利点はある。企業では何かを委託して失敗した場合、何もしないで失敗する場合よりも厳しく罰せられるからだ。

先渡しを買うのは多分ベストである。なぜなら確実性を買って、費用は何もかからない。

正しいか?
間違いである!

先渡し取引にはコストあるいは利益がある。現在価格と先渡し価格の差額だ。もし石油価格が100ドル/トンで先渡しの価格が110ドル/トンだとすると、先渡しのコストは10ドル/トンである。利益を出すには少なくとも10ドル/トンの石油価格の上昇が必要である。ここにコストがある。

先渡し契約は確実性を保証するものだろうか。航空会社の石油価格は固定されるが、それで問題は解決されたわけではない。自社はヘッジしているが競争相手はヘッジしていないと仮定する。もし石油価格が下がったとすると、自社の石油コストは固定されているが、競争相手は低くなった石油価格で利益を得る。

もし競争相手が運賃を引き下げたらどうなるだろう。自社は固定された石油価格で動けず、運賃引き下げの余裕はない。運賃を下げて出血を続けて死ぬか、それともそのまま高い運賃で出血を続けて死ぬことになる。

運賃を下げれば収入は減るがコストは変わらない。もし運賃を下げなければ、顧客は安い運賃の競争相手を利用するであろう。ヘッジすることは確実性を提供する。確実に死ぬという確実性だ。

会社の財務担当者は幸せだ。完全にヘッジされている。問題は航空会社が死んでしまうことだけだ。」

何故ヘッジするか?

コーポレートファイナンスのテキストには、倒産を避けるためと書かれています。
ヘッジをして倒産することになるとしたら、これぞ本当の嘘!!

こんな議論を来年のCFO Vision Conferenceでやるつもりです。

【リンク】

トレーダー、デリバティブ、そして金 – デリバティブ業界裏事情 – サティアジット・ダスのデリバティブ回顧録
トレーダー、デリバティブ、そして金 - デリバティブ業界裏事情 - サティアジット・ダスのデリバティブ回顧録 柏野 零

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