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日銀利上げ姿勢後退

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日銀は30日にまとめる「経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、2008年度の実質成長率の予測を1%台半ばにする見通しだ。昨年10月の前回リポートの2.1%から大幅に下方修正する。09年度の予測は1%台後半にするもよう。内外経済の不透明さを映し、金融政策の運営では、利上げの方向性を示していた表現を後退させる。
(日本経済新聞 2008年4月22日 3面)

【CFOならこう読む】

日銀は家計というものをどう考えているのでしょうか?
低金利政策で一番打撃を被ってきたのは、貯蓄超過部門である家計です。この点野口悠紀雄さんの説明がわかりやすいので、少し長いですが以下に引用します。

「金利の変化を金融機関から見ると、調達コストの低下と貸出し金利の低下がほぼ見合っているので、利ざやにはあまり大きな影響がなかったと考えられる。企業の面から見るとどうか。金融機関の貸付約定平均金利(新規・長期)は、1991年に7.51%であったが、94年に3.91%。04年に1.58%と低下している。この低下度合いは、住宅ローンの場合より顕著だ。しかも、企業の多くはネットの債務者なので、利子のネットの支払い額は大幅に減少したことである。
その規模について、おおよその見積もりをしてみよう。国民経済計算によれば、非金融法人企業の借入金は、2004年末において約415兆円である。したがって、仮に金利負担が5%ポイント低下したとすれば、毎年20兆円程度の利払い額が軽減されることになる。
ここで重要なのは、この負担減が、いかなる経済効果をもたらしたかである。非金融法人企業の借入れ残高を見ると、90年代の末からほぼ年間20兆円ずつ減少している。
これは、いま計算した利払いの軽減額とほぼ同じだ。したがって、企業は金利負担減を借入金の返済に充ててきたと考えられる。
「銀行が不良債権処理のために貸し渋りをし、それが企業の投資を抑えたため、90年代以降の不況がもたらされた」としばしば言われた。しかし、企業は、金利が低下したにもかかわらず、投資を増加させるのではなく、負債を減少させたのである。これは、経済停滞の原因が金融面にあったのではなく、そもそも投資機会が存在しなかったことにあることを明確に示している。
つまり、低金利政策は、一般に期待されていたように企業の投資を増やして経済を活性化するという前向きの効果をもたらしたのではなく、単に企業の負担を減らすという後ろ向きの効果しかもたらさなかったのだ。その累計額は、10年間とすれば約200兆円という膨大なものだ。これは1年分の賃金・俸給総額に匹敵する。これだけの巨額な所得移転が、低金利政策によって、家計から企業に対してなされたわけである。」
(野口悠紀雄著 資本開国論 ダイヤモンド社)

企業収益の改善が賃金の上昇に結びつかない現代において、高度経済成長時代と同じような舵取りをする日銀とは一体誰のために存在するものなのでしょうか? その独立性は何のために保証される必要があるのでしょうか?
ミルトン・フリードマンは、著書「資本主義と自由」の中で、中央銀行独立性について次のように書いています。

「アメリカで発生した大恐慌は、市場経済が本質的に不安定であることを示すものではない。大恐慌は、一握りの人間が一国の通貨制度に強大な権限を振るうとき、そこで判断ミスがあったらどういうことになるかを示したのである。
当時の金融知識を考慮するなら、これらの失敗は致し方なかったと言えるかもしれないー私はそうはおもわないが。だが、許せる失敗かどうかは問題ではない。ごく少数の人間にあまりに多くの権限と裁量を与え、その失敗が、たとえ無理もない失敗だとしてもあれほど重大な結果を引き起こす可能性があるとしたら、それは悪い制度である。まず、自由を重んじる立場からみて悪い制度である。一握りの人間に権力を集中させ、合議などによるチェックが働かないからだ。これが、中央銀行の「独立性」に私が反対する政治上の理由である。加えて、自由より確実性を重んじる立場からみても悪い制度である。したがって、その人たちの知識や能力に高度な政策判断が委ねられるような制度では、容認できる失敗にせよそうでないにせよ、とにかく失敗は避けられないからだ。これが、中央銀行の「独立性」に私が反対する現実的な理由である。クレマンソーはかって「戦争は将軍に任せておくには重大すぎる」と言った。この言葉を借りるなら、通貨は中央銀行に任せておくには重大すぎる。
(中略)
独立の金融当局に大幅な裁量権を与えるのもよくないとすれば、安定した通貨制度を確立するにはどうしたらいいだろうか。望ましいのは、政府の無責任な干渉を受けない安定した制度、市場経済に必要な通貨の枠組みは用意するが、経済的・政治的自由を脅かすような権力を生まない制度である。
これまでに示したことから考えられる唯一有望な方法は、金融政策のルールを法制化し、人間の裁量ではなく法律の規定に従った政策運用を行うことである。そうすれば国民は議会を通じて金融政策ににらみを利かせることができ、しかも金融政策が気まぐれに翻弄されることはない。」

日銀の総裁、副総裁を誰にするかではなく、フリードマンが言っているような方向性がこれからの日本には必要であるように思います。「生活者主権」「消費者主権」というのはそういうことじゃないでしょうかね、民主党さん。

【リンク】

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