消費税は「逆進的」でない?

政府は30日の集中検討会議で社会保障改革の大詰め論議に入った。子育て支援など給付拡充に偏った議論を修正し、高齢化で膨らむ給付の抑制策を盛り込めるかどうかが焦点。ただ菅直人首相は同日に表明予定だった効率化に関する具体策の指示を見送った。給付のスリム化を徹底せずに増税で財源を手当てするなら、年金、医療などを支える現役世代の負担は一段と重くなりかねない。
(日本経済新聞2011年5月31日5面)

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「同日の会議に内閣府と財務省は消費増税を巡る報告を提出。低所得者ほど負担が重くなる逆進性の問題について「生涯所得でみると、逆進性は小さい」、経済に与える影響について「増税は必ずしも景気後退は招かない」と指摘した」(前掲紙)

生涯所得でみると、逆進性は小さいとはどういう意味でしょう?

消費税の逆進性とは、貧しい人ほど所得に占める消費の割合が高いので、金持ちの人に比べ貧しい人の方が所得に占める消費税の割合が大きくなることを言います。

税金は累進的である方が望ましいとされているので、消費税の逆進性は、これを主たる税源にすることを阻む大きな障害となります。

ところが生涯所得で見ると、逆進性は小さいという見解があります。これを、大阪大学の大竹教授と小原助教授の、「消費税は本当に逆進的か」という論文がわかりやすく説明していますので、以下に抜粋してみます。
「消費税は本当に逆進的か」大阪大学社会経済研究所教授 大竹文雄 大阪大学国際公共政策研究科助教授 小原美紀 [PDF]

「税金が累進的であるとか逆進的であるという議論をする場合には、一時点の所得を念頭 にしていることが多い。しかし、少子化時代における税負担の公平性を考える際には、特 に生涯所得に対する負担の公平性に気を配る必要がある。人口構成が若い時代には、全員 が勤労世代であるとみなして、税負担の公平性を考えてもそれほど問題は生じなかった。 しかし、少子高齢化時代では、引退後の生活をしている人の比率が高まっている。勤労世代と老齢世代の税負担の公平性を考えるには、引退して勤労所得がなくなっている人の担 税能力をどう評価するかが鍵になる。勤労所得がないからといって、貧しいとは限らない。 勤労期に蓄えた豊かなストックをもっている高齢者も多い。

その意味で、消費税の逆進性を一時点の所得水準に対する消費税負担率で計測するこ とには問題がある。この問題は少子高齢化が進めば進むほど深刻になってくる。

例をあげて説明してみよう。世の中に、全く同じ所得水準の人しかいなかったとする。 20歳から60歳まで、年収が500万円、60歳以降は年金所得が200万円で80 歳まで生きるとしよう。人々は、生涯同じレベルの消費水準を達成できるように貯蓄し、 それを取り崩すとする。ここで、簡単化のために、金利をゼロとすると、人々 は毎年400万円ずつ消費すれば、60歳まで毎年100万円ずつ貯蓄し、60歳以降 は毎年貯蓄を200万円ずつ取り崩すと、80歳でちょうど貯蓄を使いはたすことにな る。これが、経済学でライフサイクル仮説と呼ばれる消費行動を説明する理論のもっと も簡単なケースである。

このとき、消費税率が5%だとすれば、50歳の人の消費税の負担額も70歳の消費 税負担額も、約19万円になる。所得に対する負担率を計算すると、50歳で所得50 0万円で、所得に対する消費税負担率は約 3.8%、70歳で年金所得200万円の人の 消費税負担率は約 9.5%である。この指標では、所得の少ない高齢者が、所得の多い勤 労者に比べて、高い消費税負担比率となっているため、逆進的な状況を示している。

しかし、この両者は年齢が違うだけで生涯所得は同じであるから、生涯所得に対する生 涯消費税負担で考えると、どちらも、約 4.8%の消費税負担率ということになる。このよう に、狭い意味のライフサイクル仮説が成り立つと生涯所得=生涯消費であるため、消費税 が比例税である限り、生涯所得に対して消費税には逆進性はなく、あくまで比例税にすぎ ない。

(中略)

消費階級データから生涯所得と生涯消費税負担率を計算した結果を図3に示した。まず、生涯所得に対する消費税負担率について検討しよう。驚くべきことに、消費階層別 に生涯所得階級を定義すると、消費税負担は「累進的」である。1999 年において、消 費階級第1分位の消費税負担率は 1.59%、第10分位の負担率は 4.05%である。非耐久 財でも同様の傾向がある。必需品だと考えられる食費の負担率は、消費階級別データで みると生涯消費額階級に関わらず、所得の一定割合である。その意味で、食費は他の費目に比べると所得に対してほぼ比例的であるといえる。しかし、食費にかかる消費税も 決して逆進的であるとは言えない。

消費税も所得税も累進的であるなら、これをどのようにミックスするか(消費税率を何%にするか)は、どの程度の累進性を選択するかの問題です。

【リンク】

「消費税は本当に逆進的か」大阪大学社会経済研究所教授 大竹文雄 大阪大学国際公共政策研究科助教授 小原美紀 [PDF]