米予算教書、富裕層増税盛り込む ー 【続き】

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昨日のエントリーで配当課税の変更による、企業の株主還元政策への影響について取り上げたところ、大浜小浜さんより、「経営者の株主還元方針はこれまでと変わらない」という有益なコメントを頂戴しました。− 大浜小浜さんありがとうございます。

この点コーポレートファイナンスの観点から私なりに少しだけ補足したいと思います。

米国では1986年の税制改革前は配当は最高で50%の税率で課税されるのに対しキャピタルゲインに対する税率は20%でしたが、米国企業は一定の配当を払い続けていました。

この現象は、「配当パズル」と呼ばれています。この、「配当パズル」に関連して、コーポレートファイナンスではTax Irrelevance Viewという考え方とTraditional Viewという考え方存在します。以下この2つの考え方を国枝繁樹一橋大学准教授が書かれた「コーポレートファイナンスと税制」(「フィナンシャル・レビュー」December―2003)を参考に簡単に紹介してみます。

■Tax Irrelevance View
投資家は税制上の様々な立場に置かれています。例えば日本でいうと、配当が重課される高額所得者は、低配当の株式を好み、企業は、受取配当は益金不参入の対象となるので一般に高配当の株式を好み、また、年金基金・財団等の非課税法人にとっては、資産選択の際に税の違いは考慮されません。

このように税制上の立場の違いにより投資家は棲み分けがなされている(これをtax clientele という)ので、tax clientele の変更を伴わないような税制変更は、企業の配当政策に影響を与えないというのが、Tax Irrelevance Viewの考え方です。大浜小浜さんはこの立場だと思われます。

■Traditional View
経営者が自社の将来の見通しを良好と考える場合、その事実を公表するだけでなく増配をアナウンスすれば、配当は将来にわたって支払われるので、経営者の見通しを説得力を持って投資家に伝えることができます。

これをシグナリング効果といいます。実際は将来が有望でない企業の経営者も税制上は不利な配当をわざわざ支払うことによって、当該会社が実際に将来有望であることを伝えることができますが、配当課税が強化されるとそれだけ増配のコストは上昇するので、以前より少額の配当でも高収益をよそおうとする低収益企業には重荷となります。このため配 当のシグナリングの手段としての有効性は増加することになります。

したがってTraditional Viewの考え方によると、配当課税の変更が企業の配当政策に影響を与える可能性があるということになります。

コーポレートファイナンス理論では、今紹介したTax Irrelevance ViewやTraditional View以外にもいくつかの考え方がありますが、欧米の実証研究で は、どの見方が正しいかは未だ決着はついていないのが現状です。

ちなみに私の昨日のエントリーは、コーポレートファイナンス理論に基づくものというより、プライベートカンパニーを想定して書いたものです。

米国では、Cコーポレーション(連邦所得税が法人レベルで課される)を利用して事業を行うのではなく、パートナーシップやSコーポレーションといったいわゆるパススルーエンティティー(連邦所得税が法人レベルでは課されない)を利用して事業を行われる方が断然多いようです。

2008年申告書提出数
1) Partnerships – 3.307 million
2) S corporations – 4.440 million
3) C (or other) corporations – 2.538 million
(出所:IRS, Statistics of Income, “Table 2. Number of Returns Filed, by Type of Return,
Fiscal Years 2007 and 2008.)

オバマ政権下で富裕層増税があった場合、事業体としてCコーポレーションが選択されるケースが増えるのではないかとの指摘が、例えばWilliam P. Streng教授の”Reconsidering Entity Selection in Uncertain Times”などで行われています。その場合には配当ではなく内部留保が重視されることになります。

【リンク】

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