対外純資産世界一、実態は日本回避 − 大前研一氏

日本の政府や企業、個人が海外に持っている資産(対外資産)から、海外の政府や企業、個人が日本に持つ資産(対外負債)を差し引いた「対外純資産」の残高は、前年末比0・6%増の253兆100億円だった。過去2番目に高い水準で、09年以来2年ぶりに増加した。この結果、統計を公表している主要国の中で、日本は21年連続で世界最大の対外純資産を持つ債権国となった。07年末から世界2位の中国は11年後半から伸びが鈍化している。
(読売新聞2012年5月22日)

【CFOならこう読む】

このニュースを例えば日本テレビは次のように報道しています。

「財務省によると、日本の対外純資産は、去年の年末時点で253兆100億円で、2年ぶりに増加し、過去2番目の規模となった。歴史的な円高を背景に、工場の海外進出や海外の企業の買収などが進んだことを受けて、日本の企業などが海外に持つ資産が増えたことなどが要因。」(http://www.news24.jp/articles/2012/05/22/06206130.html

しかし大前氏は、この分析は誤りで、

「日本の異常な「鎖国状況」が対外純資産に反映されているだけというのが実態だ。」
(日経BP Net http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20120604/311177/?ml)

と指摘してます。

大前氏の分析は次の通りです。

 「対外資産(日本が海外に持つ資産)の総額は約582兆円。内訳は、直接投資(企業買収、経営参加を目的とした株式取得など。一般的には株式の10%以上を取得した場合)が約75兆円、証券投資が約262兆円、金融派生商品が約4兆円、その他投資が約140兆円、外貨準備が約101兆円である。総額に対して直接投資の割合が非常に少ない。報道されているように円高で海外での買収が増えたというよりも、運用として海外での証券投資をしている部分が大きいことがわかる。

 一方、対外負債(海外勢が日本国内に持つ資産)の総額は約329兆円。内訳は、直接投資が約18兆円、証券投資が約157兆円、金融派生商品が約6兆円、その他投資が約148兆円である。こちらも総額に対して直接投資の割合が非常に少なくなっている。

 このように、海外からの直接投資が圧倒的に少ないというのが、日本の悲しい現実だ。」(同上)

大前氏は、主要国の対内直接投資(海外から自国内への直接投資)、対外直接投資(自国から海外への直接投資)を見ると日本の現状がよくわかるとしています。

以下、「主要国の対外・対内直接投資額」(ストック、2010年、BBT総合研究所調べ)から抜粋します。

対内直接投資 対外直接投資
米国 3兆4514億ドル 4兆8433億ドル
ドイツ 6743億ドル 1兆4213億ドル
フランス 1兆 84億ドル 1兆5230億ドル
イギリス 1兆 861億ドル 1兆6893億ドル
日本 2149億ドル 8311億ドル

体内直接投資は、ロシアやイタリアよりも少なく、主要国中最低です。

大前氏は、この状況を指して、

「直接投資を活発に行っている主要国に比べれば、日本はほとんど海外と関わりを持たない「鎖国に近い状態」だ。」(同上)

と述べた上で、

「日本には対内直接投資がもっと必要である。税金を使わないで経済を活性化するには世界からヒト・カネ・モノを呼び込まないといけない。対内直接投資は、統計上は負債になるけれども、経済の活性化、雇用の創出につながる重要なものだ。」(同上)

と結論付けており、同意します。

しかし、問題はどのようにしてヒト・カネ・モノを呼び込むかです。
例えば買収防衛策。
企業価値研究会が提案した買収防衛策に関わるルールを法制化し、海外の企業やファンドから見て日本におけるM&Aがフェアで透明で経済合理性い合ったものにしなければいけません。

例えば失業対策と中間管理職層の人材マーケットの整備。
ヒト・カネ・モノを呼び込むということは、雇用が流動化するということです。
しかし、現状のままでは企業から放り出された人材の受け皿はありません。
終身雇用の建前が根強く残る日本の企業において、中高年者を正社員として雇用することは不可能なのです。
従って、買収提案を受けても、それがリストラを伴うものであれば、簡単に受け容れることはできないのです。

日本における体内投資が少ない理由の一つはここにあります。

しかし逆説的ですが、海外企業によるM&Aが活性化すれば、日本の雇用環境に縛られない企業が増え、中高年者の雇用環境は好転していくと思うのです。

何故なら海外の企業は、優秀な人材であれば、年齢とは関係なく雇用するからです(そもそも年齢でヒトを差別することは許されません)。

しかしうまく循環していくまでには相当の時間がかかります。一時的に失業率が急上昇していくでしょう。
よって国庫による失業対策が必要になります。また国が人材マーケットの整備のための支援を行っていく必要もあるでしょう。

大きな痛みを伴います。

しかしこの痛みは日本の再生のために避けては通れないと、私は思うのです。

【リンク】

なし