バリュー・アット・リスク(VaR)
統計過信のツケ 漂流するリスク管理
「まさか相関係数が一に近付くとは」。富国生命保険の桜井祐記取締役は今秋の想定外の金融市場の動きに困惑した。これは日本株、外国株、商品などが同じような値動きをし、リスク抑制の基本手段である分散投資の効果が得られなくなったことを意味する。
金融危機で投資家のリスク管理は根本から揺らいだ。金融機関はバリュー・アット・リスク(VaR)と呼ばれる統計的手法で株、債券などの損失可能性を予測し、資産配分している。1978年ー2007年の30年間の日経平均株価の値動きを前提に計算すれば、1日で5%以上動く可能性は1万分の1以下。これを「無視しうる頻度」と判断して、見合った資金を投じていく手法だ。
(日本経済新聞2008年12月26日 13面 株価 金融技術の限界 下)
【CFOならこう読む】
金融機関に限らずバリュー・アット・リスク(VaR)はもっともポピュラーなリスク計量手法のひとつで、ほとんどのビジネススクールで教えられています。
VaRを言葉で表現すると次のようになります。
「①過去のある一定期間のデータをもとに、
②将来の特定の期間内に、起こりうる収益率の分布を予測し、
③ある一定の確率の範囲内で、
ポートフォリオの現在価値がどの程度損失を被るかを、理論的に算出された値」
(「バリュー・アット・リスクの基礎知識」吉田洋一著 シグマベイスキャピタル)
日銀は、VaRのメリットとデメリットを次のように説明しています。
「メリット
為替・債券・株式等、全く異なる金融資産でも、VaRによって統一的にリスクを計量化し、さらに、相関等を考慮した上で合算することもできる。
デメリット
① 過去の一定期間のデータを使ってリスクを計量化するため、使用したデータに含まれないような大きな価格変動やショックが発生した場合のリスクは、十分に把握できない。
② 従来リスクとして十分認識されていなかった要素や、新商品のようにデータの蓄積のない取引に関しては、そもそもリスクの計量化自体が困難。
③ 予想される損失について一定の確率分布を仮定した上でリスクの計量化を行うため、前提が崩れた場合のリスクは分からない。」
(「統合リスク管理の高度化」日本銀行金融機構局)「10月16日の日経平均株価の下落率(11.4%)について、発生確率を予測すると、その発生確率は124京年(京は兆の1万倍)に1回という天文学的数字となった。」
(前掲紙)
まさに、今年「使用したデータに含まれないような大きな価格変動やショックが発生した場合のリスクは、十分に把握できない」ような事態が起きたのです。
「定量モデルに依存するだけでなく、定性的な判断を重視する必要性が高まっている」(ボスコン 木島康史氏 前掲紙)という意見はその通りですが、マネジメントにとって依るべき定量モデルが必要であるのもまた事実です。
そういう意味では、リスク評価の第一人者である森平教授の、「リスク管理の抜本的な見直しは、数年以上かかる膨大な作業で、現状は暗中模索の段階だ」(前掲紙)という言葉から、我々は依るべきモデルを失ったという事実を宣告されたような気がして、暗澹とした気持ちになります。