富士フイルムのMSCB

MSCB転換価格引き下げも 富士フイルム、株価低迷で希薄化の懸念

富士フイルムホールディングスの株式の希薄化懸念が台頭している。株価は8月5日に3130円の年初来安値を付けた後も低迷が続き、過去に発行したMSCB(株価により条件が変わる転換社債)の下限転換価格(3770円)を下回っている。この状況が続けば、約1ヵ月後には転換価格が大幅に引き下げられ、潜在株が増える公算が大きい。富士フイルムがMSCBを発行したのは2006年4月。液晶偏光版保護フイルムの能力増強や、需要が落ち込んだ写真フイルム事業のリストラに対応するために、ユーロ円建てで合計2000億円を調達した。同社としては1983年以来23年ぶりのエクイティファイナンスだった。
大型のエクイティファイナンスを円滑に実施するために、富士フイルムは次のような仕組みを採用した。MSCBは5年債、7年債をそれぞれA号・B号の2本ずつ発行し、野村証券が全額引き受けた。野村はSPCを通じてMSCBを裏付けとした富士フイルム株と交換できる交換社債を組成し、個人投資家を中心に販売した。
(日経ヴェリタス 2008年8月24日 15面)

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MSCBの転換価額は次の通り定められています。


イ.各本新株予約権の行使に際して払込をなすべき額は、本社債の発行価額と同額とする。

ロ.転換価額は当社、当社の代表取締役社長が、当社取締役会の授権に基づき、投資家の需要状況及びその他の市場動向を勘案して決定する。但し、当初転換価額は、本新株予約権付社債に関して当社と幹事引受会社との間で締結される引受契約書の締結日の終値に下記の数を乗じた額を下回ってはならない。

2011年満期A号新株予約権付社債及び2011年満期B号新株予約権付社債 1.4
2013年満期A号新株予約権付社債及び2013年満期B号新株予約権付社債 1.3

ハ.転換価額の修正
転換価額は、(2011年満期A号新株予約権付社債及び2011年満期B号新株予約権付社債の場合)2009年3月31日及び2010年3月31日又は(2013年満期A号新株予約権付社債及び2013年満期B号新株予約権付社債の場合)2008年9月30日、2009年9月30日、2010年9月30日、2011年9月30日、2012年9月30日(以下それぞれを「修正日」という。)の翌日以降、各修正日まで(当日を含む)の10連続取引日(但し、株式会社東京証券取引所(以下「東京証券取引所」という。)における当社普通株式の普通取引の終値(以下「終値」という。)のない日は除き、修正日が取引日でない場合には、修正日の直前の取引日までの10連続取引日とする。)の終値の平均値の90%に相当する金額に修正される。但し、かかる算出の結果、修正日価額が2006年3月7日の終値(以下「下限転換価額」という。)を下回る場合には、修正後の転換価額は下限転換価額とする。
(2006年3月7日プレスリリースより抜粋)

以上の条項に基づき、当初転換価額は、5年債は5278円、7年債は4901円に設定(その後、ストックオプションの発行によって5年債は5275.7円、7年債は4898.8円に変更)されました。

昨日の終値3390円は下限転換価額3770円を大きく下回っています。この株価水準が続き、5年債及び7年債の両方とも転換価額が下限転換価額に下方修正された場合、発行済株式数は約1割増加することになります。

富士フイルムは、2006年4月の時点で、なぜこのような希薄化のリスクがある資金調達手段を選択したのでしょうか?

富士フイルムの自己資本比率は、2006年3月時点で64.9%あり、エクイティファイナンスを必要とする状況ではありませんでした。資本コストの点から考えると、むしろデットでのファイナンスを選択するのが自然であったと思われます。にも関らずMSCBの発行に踏み切ったのはなぜでしょう? 

プレスリリースを見ると、発行理由の最後に次の記述があります。

「資金調達コストは、短期借入れや普通社債より低い金利コストとなり、新たな成長事業への投資を財務面からもサポートすることを目指しております」

これを見る限り、富士フイルムは、表面金利の安さのみを見て、低コストの資金調達手段としてMSCBの発行を選択したようです。

言うまでもなく、真のコストはオプション価値を勘案して算定されるべきで、表面金利が低いからと言って資金調達コストが安いことにはなりません。この辺のところを富士フイルムの経営陣が理解していたかどうかわかりませんが、いずれにしても当時の意思決定は誤りであったと私は思います。

【リンク】

平成18年3月7日「ユーロ円建転換社債型新株予約権付社債の発行に関するお知らせ」富士フイルム株式会社 [PDF]