トータル・リターン・スワップ(TRS)-TCI・CSXのケース

「デリバティブ活用し株式実質保有」 隠れ大株主米で問題化

Jパワー(電源開発)株の買い増しで話題となった英ヘッジファンド、ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)が米国で訴えられ、市場関係者の注目を集めている。経営参加を迫られた米鉄道大手CSX(フロリダ州)が「TCIがデリバティブを使って実質的な株式持ち高を隠した」と提訴。情報開示ルールの盲点が浮き彫りになり、世界的に規制論議が高まる可能性が出ている。
(日本経済新聞 2008年8月25日 19面)

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トータル・リターン・スワップ(TRS)が、5%開示ルールの対象になるかどうかが裁判で争われ、今年6月の一審判決で連邦地裁は、「TCIは取引先金融機関にCSX株を売り買いさせる経済的能力を持っていた」とし、5%開示ルールの適時開示を行わなかったTCIは違法であると判断しました。

トータル・リターン・スワップ(TRS)とは次のものです。

「ヘッジファンドなどが金融機関と相対取引するデリバティブの一種。対象資産が株式の場合、実際に保有していなくても金融機関から値上がり益や配当収入が得られ、一方で株価下落の場合には損失分を支払う義務を負うため、事実上株式を保有しているのと同じ経済効果を持つ。実際に現物株を保有しておらず、TRSには議決権もないことから、米国のルールでは大株主として開示対象になるか不透明だった」
(前掲 日経新聞記事)

判決そのものに異論はありません。しかし何となく釈然としない感じがしなくもありません。株式を保有するということと、株式と同じ経済的効果を享受することは同じことなのでしょうか?

90年代、堅調に株式市場が上昇した米国では、株式を売却してしまうと課税されてしまうことを嫌い、エクィティスワップや仕組債を利用して、株式時価相当の現金と引き換えに、株式を手元に残したまま、株式からの配当・値上がり値下がりの結果を全て取引相手に移転するという手法が盛んに用いられました。

取引相手の投資銀行はヘッジの相手先を探し、その相手先が株式の経済的効果を負担することになります。このとき株式の真の保有者は誰でしょう?

こういうことを突き詰めて考えていくと、またもや”会社は誰のものか”というところに行き着きます。株式の経済的効果を享受するということと、会社を支配するということは必ずしも同じことではないのです。だから、例えば経営能力のないファンドが、上場企業の50%超の株式を保有したところで、それ自体非難される言われはないと私は思うのです。

昭和の初め、我妻榮先生が「近代法における債権の優越的地位」について論じましたが、資本主義が深化している現代においてこそ、法律・会計・税法・ファイナンスの学際領域における問題として考えていく必要があるのかもしれません。

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