三菱重工、ROE重視の経営

1905年の創立以来、1600隻を超える船を世に送り出した三菱重工業の神戸造船所が6月、商船建造から撤退した。海外勢との競争激化に耐えられなくなった結果だが、宮永俊一副社長は手応えを感じている手応えを感じている。今回の決定がトップダウンではなく「船舶・海洋事業本部が自発的に考えて、リストラ案をだしてきた」からだ。
(日経ヴェリタス2012年8月13日1面)

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「2010年に発表した中期事業計画でROEを重要な経営指標に掲げた。株主が払い込んだお金でどの程度稼いだかを示し、機関投資家が最も重視する指標だ。三菱重工では約15年前、当時の経営トップが「ROEは眼中にない」と発言し物議を醸したこともある。その企業が今では、事業の「選択と集中」の判断基準にROEの考え方を導入し、現場にも、投資効率を重視する意識が浸透してきた。」(前掲紙)

この経営トップの発言とは、1998年1月14日の日経産業新聞に掲載された相川会長(当時)のインタビュー記事です。これが“株主軽視発言”と受け取られ、長らく投資家の不評を買う破目に陥ることになりました。

以下、インタビュー記事の中でROEに関する部分を抜粋してみます。

日本やアジアの経済危機の一方で、米国の快走ぶりが目立つ。米国型の市場経済万能主義あるいは、株主重視の経営が世界標準になっている。
 「ハーバード・ビジネススクールの発想を日本に持ってきてもらったら困る。資源のある米国と違って日本は付加価値だけで生きて行くしかない。その付加価値をコントロールしてもうけようという金融や証券、商社の分野の方が市場経済万能を言っている。それが利益になるからだ。製造業は発想が違うのだ」
 「私は重工の経営は利益より雇用を重視する、と前々から言っている。最近になってますますその持論が正しいと確信するようになった。我々にはROE(株主資本利益率)など眼中にない。経営の目標にならないからだ。製造業は設備と人間をフルに安定して使うことが経営のポイント。だからいくら受注できるかがまず先にある。重工の株主資本は一兆円あるが、これに対して二割の利益を目標にしろと言われても出来ない。する気もない」

 重工の経営というか、日本の製造業は世界から見て特殊な存在ではないか。
 「白い猫でも黒い猫でもネズミ(利益)を捕る猫がいいという米国型の方がおかしい。製造業は熾烈(しれつ)な競争をし、コストもオープン。そんなにべらぼうに利益が上がるはずがない。海外に出るとか、企業買収とか利益をあげる方法はあるが、重工はそんなことで名声を上げる必要もない。従業員を食わせるだけの仕事を取れば十分だ」
 「今後日本は少子化で人口も増えない。成熟した日本国内でもっと投資をして雇用を増やすとか、技術開発するとか工夫するのも経営者の使命。日本人全体が強欲になり、分をわきまえなくなったことが、バブル経済や今の金融危機の原因だ。大田区の町工場で付加価値をつけた製品を開発している職人や技術者こそ、日本人の原点ではないか」

この記事から15年が経過しようとしていますが、相川氏の主張はいまだに多くの日本の経営者の共感を得られるのではないでしょうか?では相川氏の主張のどこが間違っているのでしょうか?それは利益や株主価値を株主の利益だとみなしているところです。

利益をあげ、ROEを高めることは企業のパイ全体を大きくすることにつながります。そのことは、企業のステークホルダー全員の取り分を大きくすることになるのです。決して株主の利益だけを増やすことにはなりません。

また、ROEは高ければ高いほど良いというものでもありません。長期的な価値創造を可能とする持続可能な水準でなければならないのです。ですから極端なリストラに走り、一時的にROEを上昇させるような経営は意味がないのです。一方、ROEが株主資本コストを下回ることも許されません。株主価値を毀損することは持続を困難にするからです。

三菱重工の2013年3月期予想のROEは3.1%にすぎず、株主資本コスト9.5%(日経ヴェリタス試算)に遠く及びません。2015年3月期にROE8.9%を達成することを目標としていますが、それでも株主資本コストを下回ります。

「理論上はROEから株主資本コストを差し引いた「エクイティ・スプレッド」がプラスにならないと、PBRが1倍を超えないとされます」(日経ヴェリタス2012年8月13日5面)

PBRが1倍以下の企業がごろごろころがっている日本企業の惨状の原因はここにあります。

しかし、日本企業がROEを上げることは容易なことではないというのも事実です。ROEを改善するには、儲からない事業から撤退し、儲かる事業に集中することが必要です。儲からない事業から撤退するには従業員の解雇が不可欠です。しかしこれが日本では簡単にはできないからです。

日本再生のための緊急の課題は、ここにあります。

終身雇用は今や幻想でしかないという現状認識を前提に、解雇された従業員(経営者)が安心して次の職場に務めることができるような仕組みづくりをする、これが今の日本には何より重要です。

そうでないと、国富を創造するM&Aもなかなか実現しませんし、自殺者も減りません。

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