AIJ社長の参考人質疑から、信任(信認)について考える

衆院財務金融委員会が27日開いた参考人質疑で、AIJ投資顧問の浅川和彦社長は、顧客に虚偽の運用実績を説明した経緯を認める一方、「だますつもりはなかった」と繰り返した。
(日本経済新聞2012年3月28日3面)

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AIJ社長の参考人質疑を聞いて、この人は”信任受託者”としての責務を全く感じていなかったのだなあ、とまず最初に思いました。

岩井克人さんが、『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)で、株式会社の経営者とは、会社の「信任受託者」である、と述べた上で、信任の概念について説明しています。

少し長くなりますが、以下抜粋してみます。

「信任とは、英語のFIDUCIARYに当たる日本語です。それは別の人のための仕事を信頼によって任されていること、と定義されます。
 (中略)
医者と通常の患者との関係においても、信任という要素が入り込んでいます。なぜならば、医者と患者との間には、医療知識にかんして大きな開きがあるからです。たとえ契約書が交わされていたとしても、医者がおこなう治療の内容を患者が理解できる形ですべて特定化することは不可能です。仮に特定化できたとしても、それが実行されたかどうかを患者が確認することは不可能です。いくら患者が明晰な意識をもっていても少なくとも部分的には、医者が患者の健康や生命を信頼によって任されてしまうことになるのです。

同じことは、弁護士や技師や教師や会計士やファンド・マネージャーといった高度の専門知識をもつ専門家が他人のためにおこなう仕事にかんしてもいえます。一般に、形式的には契約関係であっても、当事者の間で知識や能力に大きな格差があるかぎり、そこでは信頼によって一定の仕事を任されるという要素が必然的に入り込んでくるのです。
 (中略)
ところで、信任の関係とは、それがまさに信頼によって支えられていることから、怠慢や濫用の危険に必然的にさらされることになります。無意識の患者を手術する医者はさぼろうと思えば、いくらでもいい加減な手術ができます。悪意をもてば、いくらでも人体実験ができます。」

AIJの社長だけでなく、今の日本には信任受託者による怠慢や濫用が溢れています。日本だけではありません。ゴールドマンサックスの元社員は会社を糾弾する原稿をニューヨーク・タイムズに寄稿しましたが、そこで謂わんとしているのは、顧客軽視の社風、すわわち、FIDUCIARYについて問題にしているのです。

それでは、このような信任受託者の怠慢や濫用は、いったいどのようにしたら防ぐことが
できるのでしょうか?

岩井氏は次のように続けます。

「まず言えることは、契約によって信任受託者の仕事をコントロールすることが不可能であるということです。その理由は簡単です。信任関係の当事者とあいだでむすぶ契約は、基本的には信任受託者の「自己契約」になってしまうからです。
 (中略)
それゆえ、信認関係の維持には、自己利益の追求を前提とした契約関係とはまったく異質の原理を導入せざるを得ません。それはほかでもない、「倫理」です。当たり前のことですが、信任を受けた人間がすべて倫理感にあふれていさえすれば、信任関係は健全に維持されます。それゆえ、歴史的には多くの専門家集団がみずからに職業倫理を課してきたのです。
 (中略)
だが、不幸にして、人間の倫理感とは希少な資源です。それは、万人が等しく所有しているわけではありません。じじつ、倫理感の欠如した医者が、患者を人体実験に使った例は、歴史上枚挙にいとまがありません。いわんや、会社を食い物にした経営者にいたっては、数知れません。それゆえ、信認関係を維持するためには、自由放任の原則を取り払い、法律による厳格な規制が必要とされるのです。

すなわち、双方の自由な合意の結果として成立する契約関係においては、国家の介入を極力排除するのにたいし、一方から他方への一方的な倫理性を要求する信認関係においては、司法を中心とした国家の介入が不可欠であるのです。

信任に関する法律は日本ではまだ未整備で、もっぱら信認関係のひとつである信託にかんする法律を援用していますが、一般には、その中核には、信任受託者が自動的に負うことになる「信任義務」なるものが置かれています。医者は医者、弁護士は弁護士、ファンド・マネージャーはファンド・マネージャー、後見人は後見人、会社経営者は会社経営者、財団理事は財団理事として、第一に、自己の利益ではなく、信任関係の相手の利益にのみ忠実に仕事をおこなうこと、第二に、その仕事はそれぞれの立場に要求される通常の注意を払っておこなわなければならないことが義務づけられています。

第一の義務は、「忠実義務」、第二の義務は、「注意義務」とよばれていますが、それぞれ信認関係にともなう濫用の危険と怠慢の可能性を排除しようというものです。そして、どちらの義務も、程度の差はあれ、信任受託者に一種の倫理性を課しているのです。」

AIJの社長は、昨日の参考人質疑で、「だますつもりはなかった」と繰り返したそうですが、それ以前に、年金の性格上、大きな損失が出るようなハイリスクの運用をしたこと自体、信任義務違反であるのです。

さらに今回の事件で被害者面をしている厚生年金基金にも、加入者・受給者に対する信任義務があるとういう視点を忘れてはいけません。

忠実義務違反、注意義務違反がなかったか厳しく問われる必要性があると同時に、厚生年金基金に対する行政のチェック体制に問題がなかったかどうかについても検証される必要性があります。

【リンク】

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