FAS159”金融資産及び金融債務に関する公正価値オプション”

GM破産の観測が一気に高まった5月22日、ロンドンで会計・金融の専門家が時価会計の見直しを急いでいた。「会計は企業が市場の信認を正しく得るために設計されているか」。
議論の声は単なる金融機関の評価損対策を超え、突っ込んだやりとりが多かった。危機の震源地、米ウォール街では「負債の評価益」が批判を浴びた。信用力が落ちると自社の負債が減ったと見なし、損益計算書に利益を計上する会計処理だ。価格の下がった社債を買い戻して簿価との差額を利益計上するという理屈は、会計的には正しいかもしれない。
ただし市場は釈然としていない。

(日本経済新聞2009年6月2日15面 一目均衡)

【CFOならこう読む】

会計的には、伝統的に取得原価主義を志向してきましたが、昨今、取得原価を基本とする貸借対照表は企業価値を反映していないという批判が強まり、会計は時価会計へと大きく舵を切っています。
しかしこれは会計理論的に正しいからではなく、市場の要請に基づくものと理解しなければなりません。

FAS159については当ブログでは、2009年4月23日及び2009年4月25日で取り上げています。そこでも詳しくお話ししたように、時価会計でいくなら、金融資産だけでなく、金融負債も時価評価しなくてはなりません。

「価格の下がった社債を買い戻して簿価との差額を利益計上するという理屈は、会計的には正しいかもしれない。ただし市場は釈然としていない。」という批判は全く的外れで、市場が時価会計を是とするなら、金融負債も時価評価するのが理論的というだけのことなのです。

しかし、会計理論的には時価会計が絶対的に正しいということではありません。市場が、意思決定有用性という観点から時価会計を要請しているから、時価会計を是としているにすぎないのです。

ですが本当に取得原価主義は意思決定有用性を失わせるものなのでしょうか?

この点について、福井義高教授が「会計測定の再評価」(中央経済社)の中で示唆に富む指摘を行っているので、少し長いですが、引用してみましょう。

「取得原価を基本とする貸借対照表は企業価値を反映していないという主張をしばしば耳にする。しかし、会計の役割が意思決定に有用な情報を投資家に知らしめることにあるとすれば、企業をフローの流列の束すなわちゴーイング・コンサーンと考える限り、投資家のストック評価に資するためのインプットの提供がその使命であるはずである。 損益計算書というフローの情報と切り離して、ストックである貸借対照表情報の有用性を議論することは意味がない。
ストックの価値とはフローを資本コストで割引いたものという関係を再度図式化して表せば、

ストック=フロー/資本コスト

であり、フローが同じでも、資本コストが下(上)がれば、ストック価値は上昇(下降)する。実際株式市場においては、比較的安定している分子であるフローではなく、大きく変動する分母の資本コストに合わせて株価は上下する。ポストCAPMの資産評価理論においては、ストックである資産価格(株価)を変動させる要因として、フローであるキャッシュ・フローや純利益よりも、資本コストの方が重要なのだ。

少なくとも従来の会計制度の下では、原則としてストックを再評価することはなく、取得原価にもとづいて計算された純利益が、クリーン・サープラス関係を通じて、資本簿価に毎期加えられる。そのため、資産の再評価分を織り込んだ株価と簿価が乖離する。この乖離が会計情報とりわけストック情報の投資意思決定有用性を失わせているというのが、昨今の会計改革の底流にある問題意識であろう。

しかしPBRが平均回帰するという実証結果は、この乖離は簿価の調整でその差を埋めるべきものと捉えるのではなく、逆に簿価から「離れ過ぎた」株価が取得原価とクリーン・サープラスで測定された「ファンダメンタル・バリュー」たる簿価に回帰することを示す貴重なシグナルだとも解釈できる。これは机上の空論ではなく、高PBRの「割高」株を避け、低PBRの「割安」株に投資するバリュー戦略の背後にある考え方である。PBRが「高過ぎる」場合、「本来の」水準に戻ることが予想されるとすれば、それは将来PBRすなわち株価が(相対的に)下落することを意味する。

結局、貸借対照表は公正価値を反映せねばならないという発想で資産を再評価することは、投資判断に有用たらんという意図に反して情報価値を失わせるのみならず、利益や資本簿価との景気との連動を不必要に大きくして投資家を混乱させ、企業経営に取り返しのつかない損害を与えるだけかもしれない。」

ですから今日の一目均衡が時価会計批判という趣旨であるなら的を射たものと言えるのですが、FAS159批判という趣旨なら、その批判は全く的外れであるというのが私の言いたいことなのです。

【リンク】

会計測定の再評価 会計測定の再評価
福井 義高