金融機関の負債、時価評価の見直し提案

国際会計基準をつくる国際会計基準審議会(IASB)は11日、金融機関などの負債を時価評価する方法の見直しを提案した。金融危機を受けてIASBが段階的に取り組んでいる会計基準見直しの一環。提案では、信用力の悪化などで企業の負債の時価評価額が目減りした時に利益を計上できる仕組みを認めないようにする。提案通りに決定すれば、市況が悪化した際に銀行などの利益底上げ手段を減らすことになる。
(日本経済新聞夕刊2010年5月12日2面)

【CFOならこう読む】

「信用力が悪化した企業がその分の利益を計上できるようでは有益な情報を提供しているとはいえない」(IASBトウィーディー議長)と判断、こうした処理を認めない方向で基準を見直す方向」(前掲紙)

負債の時価評価を行うことは理論的である、ということを当ブログで2009年4月25日に、岩村充氏(早稲田大学大学院教授)の「企業金融の理論と法」(東洋経済新報社を引用して説明しました。(2009年4月25日エントリー「FAS159-負債の時価評価」

引用部分を以下に再掲します。

「こうして負債の時価評価を議論するときに多くの人の頭を悩ませるパラドックスがある。それは、企業の信用度の低下が負債の時価評価を通じて企業財務を改善したり、信用度の向上が企業財務を悪化させたりするという、常識とは反対のように見える現象をどう考えるかという問題である。

しかし、これが実はパラドクスでないことは、本章の説明を理解した読者には明らかなはずである。ここで会社に利益が発生したように見えるのは、企業のリスクの増大が外部債権者から株主への富の移転を生じさせたからであり、その限りでは不思議な現象ではないからである。事態がパラドクスのように見えるのは、私たちが、何の理由もなく企業の信用度が改善するとか悪化するといった状況を想定したからで、その原因まできちんと時価評価すれば、起こっていることは、第1次的には会社の企業価値そのものの変化であり、社債時価の減損は企業価値の低下がもたらした第2次的なものであることに気がつくはずだろう。そうだとすれば、負債としての社債時価の減価が生じたこととしても、その減価の程度は企業価値の低下と等しいか、それを下回るはずだということにも気が付くはずである。社債の市場価格が減損するということは、自社社債のディフォルトの危険が高まっていることを市場が評価した結果であり、社債のディフォルトとは株式会社の有限責任性を利用した債務の「踏み倒し」にほかならないのだから、そうした「踏み倒し」によって株主が社債権者に転嫁したリスク分だけ負債の評価益が発生するのは当然で、パラドクスでも何でもないのである。事態がパラドクスのように見えるのは、会社の負債の市場価格が信用度の低下により大きく減価するような事態が発生している以上、会社の資産内容に対する市場の信認が大きく損なわれているはずなのに、その点を無視して負債の時価減少の効果だけを議論したからなのである。」

岩村氏の説明は理論的には極めて正しいのですが、会計上もこの理屈にしたがって負債を時価評価するには、その前提として資産がすべて時価評価されている必要があります。企業価値の低下に見合う資産価値の減価が正しく会計処理されて初めて、第2次の「踏み倒し」による株主から債権者の価値移転を認識すべき、ということになるのですが、企業会計は資産の価値をあまねく時価評価するということにはなっていないので、会計上資産の減損が認識されないのに、負債の時価評価により利益だけが計上されるということになりかねないのです。

会計の役割は、市場のプレイヤーが企業価値及び株主価値を推計するためのインプットデータを提供することにあります。市場に変わって市場価値を測定することが会計の仕事ではありません。会計上の資産価値の総計がゴーイングコンサーンバリューを表現していないのに、負債だけ時価評価すれば、「有益な情報を提供しているとはいえない」ということになってしまうのです。

こういった矛盾を回避するために、会計が取得原価主義を捨てるというのも一つの方向性ではありますが、私はそれが会計のあるべき姿であるとほ思っていません。

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