DeNAの資本政策
5月26日のポスティングで、昔ダイヤモンド経営者倶楽部の会報誌に書いたDeNAの資本政策の原稿をアップするとお約束しました。今読み返すと、一部に表現として妥当でない部分もありますが、当時はそのように理解していた、ということでご容赦ください。
ポイントは第三者割当増資のところです。
今回の資本政策事例研究は、2005年2月にマザーズに上場した㈱ディー・エヌ・エーをとりあげます(前回に予告したストックオプションの税務、会計のお話しは別の機会にします。ご了承下さい)。
ディー・エヌ・エーは、携帯電話競売サイト「モバオク」やSNSやゲームを無料で使える携帯電話サイト「モバゲータウン」を運営する会社で、マッキンゼー出身の南場智子女史が社長を務めている会社としても有名です。
一般的に女性社長というとどこかクセノある方が多いように思います。私も幾人かの女性社長と仕事上の付き合いがありますが、正直言って仕事を離れても付き合いたいと思うような人はまれで、どちらかと言うと苦手なタイプの方が多いように思います。
しかし南場女史は、マスコミ等にしゃしゃり出ることもなく、バリバリの上場会社の社長でありながらインタビュー記事などでかいま見られる素顔は何とも普通で、その普通さがとてもチャーミングで好感が持てます。もちろん私自身は全く面識がありませんので、本当のところは全く違うのかも知れませんが…。
さてディー・エヌ・エーの資本政策のポイントとして次のような点があげられます。
① (表1)に示した様に第5期までに23億円もの欠損を抱えていたが、これを上場直前期に資本金及び資本準備金を取り崩すことにより一掃した。
② これも(表1)を見て頂ければわかりますが、業績が上がっていないアーリーステージの段階で、非常に高い株価により第三者割当増資を実施し上場までに必要となる資金のほとんどを調達している。
③ 従業員のインセンティブはストックオプションによっているが、少数のコアメンバーと思われる者だけに付与し、1株価の希薄化を回避している。
それでは順番に説明していきます。
まず①についてです。南場社長は、上場時の記者会見で、「楽天やヤフーのように順調にきたわけでなく、七転八倒してきた」と語っていましたが、(表1)の財務状態の推移からもそのことがうかがえます。
ディー・エヌ・エーは、当初パソコン向けのオークションサイト「ビッダーズ」を主力事業としていたが、これがなかなか採算ベースに乗らず、第5期末まで連続して赤字となり累積損失23億円を計上するに至りました。
その後「ビッダーズ」が採算ベースに乗ったとともに、携帯向けオークションサイト(非公認サイト)が順調に会員を増やし、事業は一気に好転して行ったのですが、そこにいたるまでは資金的にも非常に苦しい時期があったものと思います。
さて、ディー・エヌ・エーは、上場直前期である第6期に累損一掃のため資本金及び資本準備金を合わせて23億円取り崩すことでこれに充てたのですが、これは一体何のために行われたのでしょうか。財務上の健全性のためでしょうか?いいえ累損を消そうが消すまいが財政状態に何の影響もありません。
次の表を見てください。
第6期 純資産の部
資本金 696,519千円 資本準備金 – 剰余金 207,568 904,087千円 仮に累損処理を行わなかったとしたらこうなります。
資本金 1,625,808千円 資本準備金 1,464,062 欠損金 2,185,783 904,087千円 累損を消さないと多額の欠損金を抱えたまま上場することになります。
現在の上場基準では欠損金がある会社であっても上場できます。マザーズでは債務超過(純資産がマイナスの状態)であっても上場できます。しかし欠損を抱えた会社は一般投資家から見ると魅力に乏しい会社と映ることは確かでしょう。
何故なら欠損がある状態では配当が出来ないからです。配当は剰余金を原資として行われます。多額の欠損を抱えた会社は当分配当出来ない会社と見られるので、新規上場の時点ではこれを解消しておくことが望ましいとされるのです。
次に②です。
①で述べたように、ディー・エヌ・エーは創業から5期までは相当に苦しい経営を強いられたものと思います。しかしおそらく創業時点で上場までの道筋をしっかりと描いた資本政策を立案し、その骨子となる部分は安易に変更しなかった。
その結果、株価の希薄化(ダイリューション)を防ぎ、わずか10%程度のシェア相当分の株式を上場させることで30億円の事業資金を手にすることが出来たと同時に、③で説明するように従業員にとっても大きなインセンティブを付与することが出来たのです。ポイントは”株式を安売りしなかった”、それにつきます。
(表2)を見てください。1株25万円で会社を設立したその1年後、「ビッダーズ」のサービス開始を待って1株400万円で第三者割当増資をかけています。これだけの強気の値付けはなかなか出来るものではありません。
また第3期、第4期の非常に苦しい時期の資金繰りも安易な借入に走らず(というかディー・エヌ・エーは上場まで借入による資金調達は行っていません)、あくまで強気の1株240万円(分割調整後)で第三者割当増資を行った。これがディー・エヌ・エーの資本政策の最大の特徴と行っていいと思います。
はっきり言ってオークションサイトなんていう新奇性のまるでないビジネスで、しかも全く利益の出る見込みが出ていない段階で1株400万円で人様から資金を集めるなんていうのは普通出来ることじゃありません。
大多数の会社は利益が出るまでは創立時と同じ25万円でどうでしょう、とそれでもおそるおそる切り出して相手の反応を見るといったところではないでしょうか。でもその瞬間株価は1/16に希薄化するのです(=25÷400)。
そして上場時に必要とする資金を手にしようと思ったらオーナーシェアを大きく減らさざる得ない、ということになるのです。ディー・エヌ・エーは借入を避けたというところも重要です。借入はベンチャービジネスの資金調達手段としては不向きです。
何故ならディー・エヌ・エーが借入を中心に資金調達を行っていたらどうなっていたかを考えてみたらわかります。債務超過の後上場は頓挫し、倒産していたかもしれません。
次に③です。
ディー・エヌ・エーは従業員のインセンティブをストックオプションを付与することにより行っていますが、これも多くの従業員に薄く広く付与するという形をとらず、コアメンバーに厚く付与するという形をとっています。
これによっても無意味な株価の希薄化を防ぐことが出来たと同時に、ストックオプションの価値も大きなものとなりました。一番少ない従業員でも上場時点で63株のストックオプションを付与されていますが、この価値は現時点で7千万円程度になります。
最後に創業者利得の話をしたいと思います。
南場女史は、上場時に自己の保有する株式の売出を行っていません。しかし上場後1年経過した2006年3月末に4千900株(持株比率は17%から15%に低下)を約15億5千万円で売却したとの報道がありました。
一般に経営者はインサイダー取引の問題があるため上場時以外に持株を売却することは困難であると言われますが、南場女史のように決算発表直後のタイミングでなら売却することは可能であるという一つの証左となると思います。ただしその後大きく株価が下がるというようなことがあれば非難は免れないところだと思います。
ディー・エヌ・エーの場合は、幸い株価は堅調に推移しています。
今回は私の南場女史贔屓が幸いして甘口のコラムとなってしまいました。厳しく問うべき点もなくはないのですが、今回は止めておきます。悪しからず。
次回も役に立つ事例をとりあげわかりやすく解説したいと思っています。乞うご期待!