法人税率引き下げと課税ベースの拡大

日本経団連の米倉弘昌会長は15日、日本経済新聞のインタビューで、菅直人首相が民主党代表に再選されたことに対し、「まずは新成長戦略をできるだけ前倒しで実施してほしい」と述べ、日本経済の活性化に向けて早期の実行が欠かせないとの見解を示した。菅政権が掲げる税・財政・社会保障の一体改革については「早急に超党派的な協議の場を作り、実現に向けて議論してほしい」と語った。
(日本経済新聞2010年9月16日5面)

【CFOならこう読む】

「経団連が要望している法人実効税率の引き下げは政府の成長戦略にも盛り込まれた。
菅政権が課税ベースの拡大を条件に税率を引き下げる方針を打ち出していることには、「企業負担が全体で軽くなるなら、(政府と)取捨選択の議論をしたい」と歩み寄る姿勢を示した」(前掲紙)

この課税ベースの拡大と法人税率の引き下げをセットで考えるというのが、私にはよくわかりません。

この方向性については例えば次のような形で政府の方針が明確に示されています。

平成22年度税制改正大綱 平成21年12月22日
「租税特別措置の抜本的な見直しなどを進め、これにより課税ベースが拡大した際には、成長戦略との整合性や企業の国際的な競争力の維持・向上、国際的な協調などを勘案しつつ、法人税率を見直していくこととします。」

新成長戦略 平成22年6月18日閣議決定
「日本に立地する企業の競争力強化と外資系企業の立地促進のため、法人実効税率を主要国並みに引き下げる。その際、租税特別措置などあらゆる税制措置を抜本的に見直し、課税ベースの拡大を含め財源確保に留意し、雇用の確保及び企業の立地環境の改善が緊急の課題であることも踏まえ、税率を段階的に引き下げる。」

新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策 平成22年9月10日閣議決定
「法人実効税率の引下げについては、日本に立地する企業の競争力強化と外資系企業の立地促進のため、課税ベースの拡大等による財源確保と併せ、23 年度予算編成・税制改正作業の中で検討して結論を得る。」

課税ベースの拡大と法人実効税率の引き下げをセットで考えるというのは、財政運営の基本ルールとして、「歳出増・歳入減を伴う施策の新たな導入・拡充を行なう際は、恒久的な歳出削減・歳入確保措置により安定的な財源を確保」に則ったものだと思いますが、「日本に立地する企業の競争力強化と外資系企業の立地促進のため」に必要なのは法定実効税率の引き下げではなく、法人税額の引き下げであるはずです。

これはこういうことです。
次のようなPLの会社を考えてみましょう。

税引前当期純利益 100億円
法人税等 40
税引後当期純利益 60億円

ここで課税ベースが20億円拡大し、これを財源に実効税率を40%から35%に引き下げると課税所得は100億円+20億円=120億円と税額は120億円×35%=42億円となります。

この会社のPLはこうなります。

税引前当期純利益 100億円
法人税等 42
税引後当期純利益 58億円

企業が立地選択をする際にはPLやキャッシュフローのシミュレーションを普通行ないます。

その際企業が重視するのは表面上の実効税率ではなく、税引後利益とキャッシュフローです。しかも今後IFRSに移行すると、税引前当期純利益のベースは外国の企業とほぼ同じになるので、法人税の多寡がとても目立つようになります。したがって法定実効税率の引き下げではなく、税引前当期純利益に対する実効税率を引き下げることが重要だといえるのです(法人税率の議論をする際に、この2つのどちらの話をしているのかはっきりさせる必要がありますが、現状では混乱が見られます)。

法人税の引き下げをするのであれば、その財源は基本的には他から持って来るしかありません。昨日開催された日本租税研究協会の研究大会で東大の井堀教授は、この点について次のように話しておられました。

「消費税増税の最大の目的は財政健全化にあるが、(1)財政赤字削減、(2)将来の社会保障給付、(3)弱者への手当、(4)法人税減税をバランスよく実施すべき」

基本的にはこういう方向性しかないように私も思います。

【リンク】

「平成 22 年度税制改正大綱 ~納税者主権の確立へ向けて~」 [PDF]
「『新成長戦略』について」 [PDF]
「『新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策』について」 [PDF]