共通善の追求を主眼に – 竹内弘高

・「世のため、人のため」にこそ企業は存在
・共通善軽視、米を代表する企業の破綻招く
・高質な暗黙知がイノベーションの源泉に

(日本経済新聞 2009年7月17日 29面 経済教室)

【CFOならこう読む】

「リーマン・ブラザーズ、AIG、シティグループなど、米金融機関が陥った危機を目の当たりにすると、筆者はステークホルダーとしての「社会」や「コミュニティー」の存在の大きさを痛感せざるを得ない。企業が社会の信用を喪失すれば、未来を創るどころか、今を生き延びる
ことすらできない。
なぜこうした失態に陥ったのか。知識創造経営の観点から見ると、企業は「世のため、人のため」に存在するという高質な暗黙知が欠如してしまったからである。倫理やモラルに裏づけされた共通善の思いや価値観、信念が失われてしまったのである。」

ですから経営の目的は利益を最大化することではないのです。利益は共通善の追求がかかわる仕事ぶりの結果として生まれるものなのです。

経営者にとっては、共通善の思いや、価値観、すなわちビジョンをいかに組織の中に浸透させるかが、最も重要な仕事なのです。

「自分で良いアイデアを持っていて、それを実行する。商品を買ってもらって、それで世の中が動く。その結果として、社会に貢献できる。
本当に良い企業というのは、ある意味では社会運動に近いものではないかと思う」(柳井正)

「タタ・グループ企業群の価値観の中枢に長い間あるのは、コミュニティの繁栄に対してのコミットメントである。」(タタ会長)

「自動車づくりを通じて社会に貢献を 小我を捨てて大我につけ」(豊田喜一郎)

結果として利益が重要なのは、共通善の追求の営みの有効性と健全性が利益という形で測定されるところにあるのです。

そしてCFOの仕事はここに関わる仕事であるのです。

【リンク】

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