今日の日経経済教室-新興市場の質の低さについて実証分析

株式を新規公開するための新興市場は、成長企業と一般投資家が出会う場であり、株式市場全体の効率性を問う試金石的な存在である。しかし新興市場は、市場自身に問題を抱えている上に今般の金融危機の影響のために、公開企業数が減り続け、株価も東証などの既存市場以上に低迷している。
他方、新興市場に関しては、新しい動きもある。大証は昨年末ジャスダックをヘラクレスとの統合を視野に連結子会社化し、東証は今月にもプロの投資家しか売買できない新市場TOKYO AIM を新設する予定である。こうした状況のなか、新興市場の制度のどこに欠陥があるかを振り返り、あるべき姿を考えたい。

(日本経済新聞2009年5月15日29面)

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今日の経済教室は大阪市立大学の翟教授が書いていますが、非常に興味深い分析をしています。

分析結果は次の通り要約できます(分析は2001年ー2006年に新規公開した企業について行われています)。

1.新興市場上場会社の業績は公開の1年前を頂点に逆V字型の推移を示している
2.上場後の公開企業の相対的投資パフォーマンスは、新興市場上場会社は際立って悪い。

以上の分析から、翟教授は新設新興市場(ジャスダックを除く新興市場)は「レモンの市場」化していると結論づけています。

レモンの原理については、古川浩一他著 コーポレート・ファイナンス(中央経済社)が平易に説明しているので、ここから引用します。

「レモンというと香気・酸味が強く、ビタミンCが豊富な黄色い紡錘形の果実を思い浮かべる人がほとんどである。しかし、英語のレモンには「不良品、欠陥品、きずもの、くだらないもの(人)、つまらないもの(人)」という意味がある。レモンは、外見からでは中身の善し悪しがよくわからないため、そのような性質をもつものをレモンと呼ぶようになったのだろう。アメリカでは、自動車に対してよく用いられる。事実、レモン法という法律がある。これは、購入した新車が不良品あるいは欠陥品だった場合に、返金あるいは別の車との交換を業者に義務づけた法律である。

1970年、アカロフは中古車を例に、情報の非対称性が存在するとき、最終的にレモン、すなわち欠陥車だけが市場にあふれてしまうという「レモンの原理」が成立することを示した。中古車を売買する場合、車の売り手はその車のくせや欠陥についてよく知っている。もちろん、売り手はより高く売るために、それを相手に知らせることはない。一方、買い手は、その車が良質の車かそれとも欠陥車なのかはわからない。売り手と買い手が、その車についてもっている情報は違っている。

これが「情報の非対称性」と呼ばれる状態である。このとき、買い手はどのような価格をつけるだろうか。買い手は情報が少ないため、欠陥がある可能性を考慮して良質の車の価格より低い価格をつけようとする。その結果、良質の車を売ろうとしている売り手は損をし、欠陥車を売ろうとしている売り手は得をすることになる。そうなれば、良質の車を保有している売り手は売却しない方を選択することになり、欠陥車を保有している売り手だけが中古車市場に残る。これはまさに悪貨が良貨を駆逐するという「グレシャムの法則」であり、通常の選抜順序とは正反対になることから「逆選抜あるいは逆選択」と呼ばれている。」

翟教授は新興市場の上場企業の質が低い原因を次のように説明しています。

「公開企業の質が低い原因には3つある。
第1が、高い公開価格での新規公開を実現させようと、費用の繰り延べや収益の繰り上げ計上で公開前の経営業績をかさ上げするという「公開前のお化粧」である。
第2が、新規公開で調達した資金を寝かせたり、不必要な負債返済や無謀な事業拡大に使ったりする非効率的な資金使途である。
第3は、新規公開後、創業者利益を手に入れ、持株比率が小さくなった経営者が経営努力を怠る放漫経営である。」

まさに的を射た説明です。そして、翟教授は、主幹事証券会社によって企業の質に本質的な差異が見られないことを実証しています。

その原因として、証券会社が引受手数料欲しさに横並びで形式的な審査しか行っていないことが考えられるとしています。

新興市場の活性化のためには、新興市場を一本化し責任の所在を明確化することと、主幹事証券に公開後の一定期間内に情報開示やコーポレートガバナンスに対する指導で監督をも義務づけることが必要と結論づけています。

多くの点で私も同意できるのですが、主幹事証券に事後審査を義務づけるという点に関しては、日本の証券会社はそれを到底受け入れるとは思えません。

今の日本では新興市場を一本化し、市場の審査基準を強化する以外、方法がないと思います。

それにしても、翟教授の指摘は、上場前の会計監査が全く機能していないことを意味しており、実はそこが一番の問題であるのかも知れません。

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