逆転する配当利回りと長期金利
逆転する配当利回りと長期金利。金融危機後の株価低迷と金利低下が進む先進国市場で共通する現象だ。英国の場合、2008年秋に逆転、2009年後半にいったん解消に向かったが、今年5月以降、再び逆転状況に舞い戻った。すでに慢性化している日本のほか、米国、ドイツ、フランス、イタリアなど軒並み逆転か、ほぼそれに近い状態にある。
(2010年7月6日 日本経済新聞 15面 一日均衡)
【CFOならこう読む】
「1958年、米国で起きた「利回り革命」は、株式の成長性を理由に、配当利回りは長期金利よりも低くてもいいと理論づけた。それから半世紀。資本市場の拡大をを支えた議論が大きく揺らいでいる。「逆利回り革命」ともいえる現状は、長期的な成長への信頼の欠如が背景にある」(前掲紙)
これはカネの没落が生じている現象であるように思います。
岩井克人教授は、「会社はだれのものか」(平凡社)でポスト産業資本主義におけるおカネの没落について次のように書いています。
「産業資本主義の時代には、機械制工場を持ってさえいれば、人手は安く雇えたので、ほぼ自動的に利益を得ることができました。ここで、重要なことは、機械設備もモノだし、工場施設もモノだということです。そして、モノを持つためには何が必要かというと、もちろんおカネです。おカネさえあれば、だれでもものを買うことができる。
だれでも機械制工場を持つことができる。産業資本主義では、機械制工場を持ってさえいれば利益を生むことができたということは、おカネさえ持っていれば、最終的に利益を手にすることができたということです。(中略)
ポスト産業資本主義において、利益の究極的な源泉は、ほかと違った製品、ほかと違った技術、ほかと違った市場、ほかと違った経営手法を開発していく知識や能力を頭の中にたくわえた、ヒトになったのです。そしてそのようなヒトは、おカネだけでは、なかなか会社に来てくれません。たとえ来てくれたとしても、違いを生み出してくれるような仕事をしてくれたとしても、すぐ会社を辞めてしまうかもしれない。たとえすぐには会社を辞めなくても、そのノウハウを仲間や後輩に伝承してくれないかもしれない。ヒトの頭の中は、おカネだけではコントロールできないのです。
ポスト産業資本主義とは、したがって、おカネを持っているだけでは、利益が手に入らなくなった時代ーその意味で、それは、おカネの力が相対的に弱くなってきた時代だと言えるのです」
株式は劣後債券にどんどん近づいているのだな、と今日の記事を読んで思いました。
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