ものづくりで利益をあげる − キヤノン

キヤノンが新たな成長へ模索を始めた。2012年12月期は売上高、純利益とも2桁増を見込むが、カメラ、事務機に次ぐ事業は育っていない。韓国サムスン電子が攻勢をかける中、会長兼最高経営責任者(CEO)の御手洗富士夫は3月末に社長を兼務した。2015年の売上高5兆円という目標に再び挑む。
(日本経済新聞2012年5月17日11面)

【CFOならこう読む】

「ものづくりで利益を上げる」という思想を体現した工場が米国にある。2010年に稼働したプリンター向けトナーカートリッジの生産子会社、キヤノンバージニア(バージニア州)だ。主役はロボット。1ラインにつき100体近いアームがせわしく動き、約100点の部品から成るトナーを手際よく組み立てていく。自動化を進め「『労務費の高い場所で製造業は成立しない』という常識に挑戦した。
(前掲紙)

トナーを人手で組み立てると、1ライン30人で30分かかるところ、自動化ラインなら4人で10分まで短縮できるそうです。

この4人は組立工ではなく、工程管理、検品、部品補充が主な仕事です。キヤノンの取り組みは極めて合理的で方向性としては間違っていないと思いますが、熟練労働者の立場からすると、製品を日本で作ろうが、賃金の安い新興国で作ろうが、いずれにしても自らの仕事はなくなることを意味します。

こういった事態は随分前から各方面で指摘があったところです。

例えばロバート・B・ライシュは「ザ・ワーク・オブ・ネーションズ」(ダイヤモンド社)の中でグローバル化の深化に伴い、所得分配の不平等化が進むことを予言しています。

この本の訳者である経済学者の中谷巌氏が、ロバート・B・ライシュの主張を受けて訳者解説の中で次のように述べています。

「グローバルな情報を分析できる能力のある者(シンボリック・アナリスト)にとっては、グローバル化は付加価値を生み出す絶好のチャンスであり、したがって高所得を稼ぐチャンスでもある。しかし、情報を適切な視点から分析する能力がなく、これまでどおりの生活に甘んじなければならない他の階層(ルーティン生産従事者、対人サービス事業者)にとっては、情報化はなんらメリットではなく、むしろ苦痛さえ与え
かねない。おまけに、競争がますますグローバルになっているので、先進国の生産労働者は途上国の生産労働者との直接的な競争にさらされ(すなわち、工場は低賃金を求めて移動するから先進国の労働者は供給過剰になってしまう)、職を失い、賃金は下落してしまう。このように、情報化、グローバル化は所得能力における二極分化を作りだすのである。
 ところが、先進国の中で唯一、日本だけがこれまでのところ所得分布の「二極分化」が進行していないのだ。日本では、なぜ二極分化が起こっていないのか、これは私自身の仮説だが、おそらく日本では優秀な人材が伝統的かつ硬直的な大組織に依然として縛られており、それゆえに彼らが「シンボリック・アナリスト」としての能力を十分に発揮していない。あるいは発揮しているとしても、報酬に結びついてはいない、ということがあるだろう。著者はこの点に関して、明示的には日本に対する評価を示していないが、しかし、著者が、日本には「シンボリック・アナリスト」を十分に供給する社会、教育体制がない、と考えていることは明らかである」

この本が書かれた1991年当時から日本の状況も随分と変わりました(中谷先生のお考えも随分と変わったようです)。しかし、「シンボリック・アナリスト」を十分に供給する社会、教育体制がないという分析に関しては2012年の現在でもそのまま当てはまるように思います。近い将来日本の失業率が上昇していく事態は避けられないでしょう。そしてもはや政治や役所ができることは限られています。

頼れるのは自分だけです。

日本人ひとりひとりが自らの付加価値を高めるべく、よく考え、学び、行動する必要があるのです。そしてそれこそが日本復興への唯一の道だと思うのです。

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